残り三十二ページ

八月二十六日、数学の問題集は三十二ページ残っていた。

机に向かうたび、ページ数だけを数えて閉じる。それを四日繰り返し、ついに母から「学校の自習室へ行け」と追い出された。冷房があるという理由だけで開放された教室には、僕以外に一人、古見堂玲がいた。

学年一位の古見堂なら、宿題など七月中に終わっていると思っていた。ところが彼女の机には、僕と同じ問題集が開かれ、赤い付箋が森のように立っていた。

「何ページ残ってる?」

「聞かないで」

「僕は三十二」

古見堂はしばらく黙り、指を三本立て、それから二本立てた。

「同じじゃん」

「同じにしないで。私は解き直しが三十二ページ」

絶望の種類が違った。

僕が一問目で止まっていると、古見堂が消しゴムを投げてきた。答えではなく、「公式は教科書四十八」と書いた紙が巻いてある。僕は礼の代わりに、購買の自販機で買ったぬるいレモン水を彼女の机へ置いた。

それから二時間、教室には蝉と鉛筆の音だけが続いた。分からない問題は紙に書いて机の境目へ置く。古見堂はヒントを書き、僕は彼女が計算を間違えたときだけ得意げに丸をつけた。

夕方、僕は一ページを終えた。

「残り三十一」

声にすると、減ったというより、まだそれだけある事実が重かった。

古見堂は自分の付箋を一枚はがした。

「こっちも三十一」

窓の外で運動部が片づけを始めていた。帰宅を促す放送が流れ、教室の冷房が止まる。すぐに空気が暑くなる。

僕は問題集を閉じかけた。すると古見堂が、机の境目に新しい紙を置いた。

『明日、十時。目標五ページ』

その下に、小さく書き足される。

『来なかったら三十二に戻す』

「どうやって」

「一ページ破って増やす」

思わず笑うと、古見堂も笑った。学年一位がそんな乱暴を言うのがおかしかった。

翌朝、僕は九時五十分に教室へ着いた。古見堂はすでに窓を開けていた。机の境目には、二本の冷えたレモン水。

問題集はまだ三十一ページも残っていた。

けれど、その数字はもう、ひとりで追われるための数ではなかった。