段ボールの城が崩れるまで
柊木環が王座に座った瞬間、城は左へ傾いた。
「動くな!」
砂川伊織が叫ぶ。
「王に命令するな」
「今のお前は王じゃない。重りだ」
文化祭前夜、教室の中央には段ボール製の城がそびえていた。クラス劇で使う大道具で、設計は伊織、装飾は環。二人は三日間、塔の高さと壁の色で争い続け、最後には誰も仲裁しなくなった。
その城が、今まさに崩れようとしている。
「右手の柱を押さえろ」
「ドレスでしゃがめない」
「なんで前日に衣装まで着てるんだよ」
「王として城の耐久試験を」
「試験結果、落城!」
ガムテープの端を歯で切り、伊織が柱の根元へ潜り込む。環は裾をたくし上げ、反対側から壁を支えた。教室の時計は八時を回り、廊下の照明は半分消えていた。
「そっち、持ってる?」
「持ってる」
「絶対離すなよ」
「そっちこそ」
二人の間には、薄い段ボールの壁しかない。向こう側で伊織が息を吐くたび、紙の表面がわずかに震えた。
「なあ」
「作業中に話しかけないで」
「文化祭終わったら、これ全部捨てるんだよな」
「そうだけど」
「もったいないな」
「段ボールが?」
「こうやって残るのが」
意味を考えた瞬間、環の手から壁が滑った。
「うわっ」
二人同時に支え直したせいで、城は今度は右へ傾き、尖塔が外れた。紙の王冠みたいな塔が伊織の頭に落ちる。
環は吹き出した。
「似合うじゃん、王様」
「重りに言われたくない」
伊織も笑った。三日分の喧嘩が、段ボールの粉みたいに床へ落ちた。
結局、二人は城の裏側に木の棒を一本追加し、表から見えないように青い布をかぶせた。時計は九時を過ぎていた。
完成した城を前に、環が王座へ座る。
今度は傾かなかった。
「合格?」
伊織が聞く。
「仮合格。明日、私が立っても崩れなかったら」
「立つな。座る役だろ」
「じゃあ文化祭が終わっても、壊れなかったら」
伊織は少し黙り、余ったガムテープを環の手首に輪のように巻いた。
「その場合は、捨てない」
「城を?」
「こうやって残るのを」
翌日の舞台で、城は最後まで崩れなかった。
ただし王様役の環は、台詞を一行飛ばした。袖で伊織が、ガムテープの輪を指に通して見せていたからだ。