母さん専用口座
蔵前和親の給料日は、妻の芙佐にとって支払日だった。
和親の給与は全額、義母・蘭代の口座へ入る。蘭代はそこから息子へ小遣いを渡し、芙佐には「食費はあなたの稼ぎで」と言った。義父の宏武は光熱費の請求書まで嫁の机へ置く。和親は母の肩を持ち、「家計が一つになって家族らしいだろ」と笑った。
五年目の結婚記念日、蘭代は古い家の売却書類を持ってきた。芙佐が祖母から相続した家だった。
「空き家なら換金しなさい。和親のマンション購入に使うの」
「名義は?」
「もちろん私よ。息子の財産を嫁に取られたら困るもの」
芙佐は印鑑ではなく、青いファイルを出した。
一枚目は離婚届の写し。二枚目からは、五年間の入出金表が続く。芙佐は経理の仕事をしていた。自分の給与から支払った住宅費、食費、義父母の旅行代、和親の車のローン。反対に、和親の給与から蘭代へ移された額は一円単位で整理されていた。
「夫婦の生活費として負担した分が千四百六十万円。和親が母親名義へ隠した預金が二千百万円。これを財産分与の対象として保全します」
和親が笑い飛ばした。
「母さんの金だ。お前に関係ない」
玄関から芙佐の弁護士と公認会計士が入ってきた。会計士は、蘭代名義の新築マンションの資金が和親の給与口座から流れている図を広げた。売買契約日の前後には、三人が「芙佐に見つかる前に母さん名義へ」と相談したメッセージまであった。
弁護士が告げる。
「財産隠しに加え、経済的虐待と共同した侮辱行為について、三名へ慰謝料千万円を請求します。返還請求を含む総額は四千五百六十万円です」
宏武はテーブルを叩いた。
「そんなもの、裁判所が認めるものか!」
芙佐は時計を見た。午後三時ちょうどだった。
蘭代の携帯に、銀行、証券会社、不動産会社から同時に通知が届く。預金、投資信託、新築マンションについて、地方裁判所の仮差押命令が執行されたという知らせだった。
和親が母の画面をのぞき込み、初めて芙佐ではなく蘭代に尋ねた。
「母さん、僕の金、全部止まったの?」