母のアカウント名は長すぎる

 息子が料理配信を仕事にすると告げたとき、母は言った。

「知らない人に台所を見せて、お金をもらうの?」

「料理番組と似たようなもの」

「顔を出さず、絵の姿で?」

「そういう配信なの」

 母は理解できない顔をした。

「ちゃんとした仕事を探したら」

 その一言で、息子は連絡を減らした。

 半年後の生配信で、息子は煮込み料理を焦がした。視聴者のコメントが流れる。

〈料理人やめろ〉

〈鍋も救えないのに人生相談してるの草〉

 息子は笑ってごまかしたが、手が止まった。

 そのとき、長い名前の新規アカウントが現れた。

〈幼稚園の頃からこの子の焦げた卵を食べてきた母です〉

 コメント欄がざわついた。

〈本物?〉

〈母降臨〉

〈鍋底をこすらないで別の鍋へ移しなさい。焦げた部分は置いていく〉

 息子は画面を見つめた。

「母さん?」

〈アカウント名を短くする方法が分かりません〉

 笑いが起きた。

 息子は言われた通り料理を移し、少し味を直した。

「なんで見てるの」

〈仕事が分からないまま反対したから、まず見ようと思いました〉

「投げ銭までしてる」

〈百円のつもりが千円でした。返せますか〉

「返せない」

〈では来月の誕生日分です〉

 配信後、息子は母へ電話した。

「コメント欄に家族の話を書かないで」

「応援しただけ」

「視聴者に知られたくないこともある」

「ごめん。見る側にも作法があるのね」

 母は、顔を出さない理由や収入の仕組み、嫌なコメントを消す機能について質問した。息子も、母がなぜ怖かったのかを聞いた。

「あなたの失敗を、知らない人が面白がるのが嫌だった」

「俺は、失敗しても次を見てもらえるのが好きなんだ」

 二人は完全には分かり合わなかった。

 ただ母はアカウント名を〈焦がさない母〉へ変え、配信中は家族情報を書かないと約束した。

 息子も週に一度、配信ではなく母だけに料理の写真を送ることにした。

 次の配信で鍋を焦がすと、コメントが一つ流れた。

〈別の鍋へ〉

 息子は笑いながら答えた。

「分かってます、母さん」