水瓶は命令を聞かない

真壁朔は、王国軍の兵站部で「眠らない棚」と呼ばれていた。

本人が眠らないからだ。泥色の制服は肘が擦り切れ、胸ポケットには、補給表を書き直し続けた鉛筆の粉が染みついていた。退役した朝も、軍用端末には未読の緊急連絡が十八件あった。水が足りない、包帯が届かない、責任者がいない。責任者は五人いたが、呼ばれるのはいつも朔だった。

辺境の乾いた村で、彼は無限収納を井戸代わりにした。雨季の水を樽ごと収納し、広場の給水器へ接続する。村人が栓をひねれば必要な分だけ出て、月末に一世帯一枚の銅貨が自動で帳簿へ移る。薬草や穀物の保管棚も貸し出した。

朝、子どもが水差しを満たし、昼には粉屋が小麦袋を預け、夕方には産婆が薬草箱を受け取る。誰も朔に許可を求めない。仕組みは正しい量を測り、必要なものだけを渡す。軍で百人の承認印を待った日々が、ひどく遠く感じられた。村長が「休みの日は栓を閉めるのか」と聞いたとき、朔は「水は出ます。私だけ休みます」と答えた。

《共同保管料が入金されました》

《来月分の生活費:充足》

通知を見た朔は、初めて「不足」のない報告書を見た気がした。余剰はほとんどない。それでよかった。誰かの戦争に呼ばれず、豆の煮込みを食べられるなら十分だ。

夕刻、古い軍章が通話音を響かせた。

「真壁、東部で補給線が乱れた。階級を二つ上げる。明朝までに来い」

兵站監の声だった。朔は庭で乾かしていた制服を取り込むと、軍章の前に置いた。

「退役届は受理済みです」

「国が危機なのだぞ」

「私が倒れたとき、国は休暇申請を却下しました」

沈黙のあと、「命令だ」と声が低くなる。

「補給が止まれば兵が死ぬぞ」

「だからこそ、一人が倒れるまで使う仕組みを直してください。私を戻すのは修理ではありません」

「もう、あなたの命令が届く場所にはいません」

朔は軍章を無限収納の奥へしまい、入口の権限を自分だけに閉じた。湯を沸かし、薄荷を一枚浮かべる。村の給水器が遠くで静かに働く音を聞きながら、彼は縁台に横になった。