水車番の銀鱗
戦場で「役立たずの水魔法使い」と呼ばれたヴァルクは、辺境の古い水車場を押しつけられた。
水車は止まり、用水路は落ち葉で埋まり、畑は灰色に乾いている。かつての仲間なら、初日に全部直せと怒鳴っただろう。
ヴァルクは用水路にも畑にも触れず、まず水車裏の深みへ向かった。腹が減っては働けない。今日やるのは、夕食を一匹釣ることだけだ。
竿は若木を削って作った。だが糸を垂らしても、餌だけがきれいに取られる。水面の下には魚影があるのに、針へ触れた瞬間、するりと逃げた。
「水の流れを変えられても、魚の気持ちは変えられないか」
思わず笑った。戦場では一度も笑えなかった失敗だった。
ヴァルクは焦りかけた手を止めた。魚を取るために川をせき止めれば簡単だ。だが戦場で彼の水魔法は、いつも味方の都合で流れをねじ伏せた。その結果、下流の村が渇いたこともあった。
今度は川を従わせたくなかった。
靴を脱ぎ、浅瀬へ入った。冷たい流れを足首で感じる。大きな魔法は使わず、指先ほどの水流だけを曲げ、餌の匂いが深みへ届くようにした。強制ではない。ただ、ここに食べ物があると知らせるだけだ。
やがて糸が張った。
引き上げた魚は、月光を閉じ込めたような銀鱗のハヤだった。大物ではない。だが一人分の夕食には十分だ。
水車小屋の軒下で、魚を開き、塩と摘んだ香草を腹へ詰める。鉄板に置くと、じゅう、と小さな音がした。皮の焦げる匂いに、乾いた畑の土臭さが混ざった。
そのとき、街道から早馬が来た。騎士は封書を差し出し、「北部戦線が崩れました。あなたの水障壁が必要です」と息を切らした。
ヴァルクは封書を受け取ったが、開かなかった。鉄板の魚を木べらで返し、湯気の立つ粥へ塩を落とす。
「今日は水車番の初日だ。戦争は明日まで待たせろ」
騎士は「王国が滅びます」と声を荒らげた。ヴァルクは焼けた魚の半分を木皿へ移し、もう半分を騎士へ差し出した。
「滅びるかどうかを決める前に、食え。空腹のまま決めたことは、たいてい誰かを不幸にする」
騎士が絶句する前で、銀の皮がぱりりと鳴った。ヴァルクはその音を、初めて自分のために使った魔法の報酬として聞いた。