沈黙の配管

 配管工の阿久根冬弥が市民会館へ着くと、黒服の女性に腕をつかまれた。

「先生、こちらです! 開演まで二分しかありません」

「水漏れはどこです」

「十年ぶりの公の場ですから、緊張なさっていますね」

「十年? 先月もここの蛇口を直しましたけど」

「庶民との距離を感じさせないお言葉……」

 冬弥は強い照明の下へ押し出された。客席は満員。壇上の司会者が拍手で迎えた。

「寡黙の巨匠、阿久根冬弥先生です!」

 同姓同名の小説家と間違えられたらしい。しかしマイクはすでに向けられていた。

「十年間の沈黙には、どのような意味が?」

「詰まりがひどかったんです」

 会場がどよめいた。

「社会の閉塞を、詰まりと表現された」

「髪の毛と油が主な原因です」

「生活の汚れが蓄積した、と」

「放っておくと逆流します」

 聴衆が一斉にメモを取る。冬弥は水漏れ箇所を聞き出そうとした。

「問題の管は、どの辺りを通っています?」

「新作の根幹に関わる質問ですね。主人公の人生でしょうか」

「壁の裏か、床下かで料金が変わります」

「現実の壁と、無意識の床下……深い」

 司会者は身を乗り出した。

「新作のテーマは?」

「水圧です」

「人間関係の圧力!」

「強すぎると継ぎ目が飛びます」

「家族崩壊!」

「弱すぎると二階まで届きません」

「階級社会!」

 冬弥はだんだん不安になった。

「皆さん、漏れてる場所を見せてください」

「傷口をさらせという、読者への挑発ですね」

「早くしないと天井が落ちますよ」

 その瞬間、壇上の上から水滴が落ちた。冬弥の額に命中し、続けて照明脇から細い雨が降った。

「ここか!」

 彼は脚立を奪い、天井裏へ潜った。客席は演出だと思い、固唾をのんで見守る。五分後、水は止まった。割れんばかりの拍手が起きた。

 そこへ、痩せた男性が息を切らして入ってきた。

「遅れてすみません。小説家の阿久根冬弥です」

 司会者の顔から色が消えた。小説家は濡れた壇上を見上げ、配管工へ頭を下げた。

「先生、見事な結末でした」

「そちらが先生でしょう」

 拍手は、今度こそ配管工に向けられた。