泥棒役は台本を読まない

 市民劇団《空き缶座》の稽古場へ、三人の見知らぬ男女がほぼ同時に現れた。

 一人目は、劇団代表を脅して借金を回収しに来たマフィアの多々羅マルコ。

 二人目は、彼を尾行してきた刑事の冬青景親。

 三人目は、衣装倉庫を狙って天窓から入った泥棒の薄葉とわ。

 演出家の鳥飼瓶子は三人を見て手を叩いた。

「よかった、代役がそろった! あなたが悪党、あなたが刑事、そちらが泥棒ね」

 三人は顔を見合わせた。

 マルコは、劇団が自分たちの情報をつかんでいると思った。

 景親は、潜入捜査の協力者だと判断した。

 とわは、仲間の泥棒が手配した偽装劇だと思った。

「まず悪党さん。代表へ金を要求して」

 マルコは代表の胸ぐらをつかんだ。

「今夜中に三百万そろえろ。払えなければ舞台ごと潰す」

 瓶子が感激した。

「生活感のある脅迫! いいですね」

「生活ではなく仕事だ」

「役作りが深い」

「役ではない」

 次に瓶子は景親へ指示した。

「刑事さん、彼を追い詰めて」

 景親は警察手帳を開いた。

「多々羅マルコ。恐喝の現行犯で逮捕する」

「小道具が精巧!」

 マルコは目を見開く。

「本物の犬だったか」

「犬?」

「警察のことだ」

「台詞が古風で素敵!」

 とわは出口へにじり寄った。瓶子が逃さない。

「泥棒さんは金庫を開けて」

「開けるだけ?」

「中身を盗んで逃げる」

「報酬は?」

「終演後に五千円」

「安すぎる」

「市民劇団ですから」

 とわは本物の工具を取り出し、舞台用金庫を七秒で開けた。中から劇団の積立金が出る。

 瓶子は震えた。

「天才……。どうやったの?」

「企業秘密」

 景親がとわの手首もつかむ。

「その工具について署で聞こう」

「即興で泥棒同士が仲間割れ?」と瓶子。

「私は刑事です」

「役を降りても刑事口調を続けるの、すごい」

 マルコは逃げようとし、とわは積立金を抱え、景親は二人を同時に押さえた。稽古場は大立ち回りになった。

 そこへ若い女優が台本を抱えて駆け込んだ。

「遅れてすみません! 泥棒役の八木沼です!」

 瓶子は、床で手錠につながれた三人を見た。

「では、皆さんは何役で?」

 景親だけが正確に答えた。

「本職です」