流し台は朝を知っている
私は、この家の流し台だ。
家族が元気な夜は、皿が音を立てて重なる。母親が歌い、父親がふきんを持ち、娘が冷蔵庫のプリンを盗もうとして見つかる。
疲れた夜は、皿が静かに置かれる。
ある冬、母親は祖母の病院と仕事を往復していた。帰宅すると夕食を作り、皆が食べ終わるころには、椅子で眠ってしまった。
父親も夜勤だった。高校生の娘は試験前。小学生の息子は、私より背が低かった。
その夜、娘が皿を持ってきた。
「勉強しないといけないのに」
そう言いながら栓をし、お湯をためた。
息子も踏み台を運んできた。
「僕、すすぐ」
二人は家事に慣れていなかった。
娘は洗剤を出しすぎ、私は泡だらけになった。息子はコップを一つ落とし、幸い割れなかったが、自分が割れたような顔をした。
「お母さんには内緒ね」
「失敗したのに?」
「失敗ごと片づければ、成功になる」
二人は声を潜めて笑った。
皿が一枚ずつきれいになっていく。鍋の焦げは落ちず、翌朝へ残った。それでも、私の上には空間が戻った。
母親が目を覚まし、台所へ来た。
娘と息子はもう部屋へ戻っていた。私は何も言えない。だから、伏せられた皿と、絞り方の甘いふきんと、踏み台だけを見せた。
母親はしばらく立っていた。
それから焦げた鍋を洗おうとせず、明かりを消した。
「今日は、ここまででいいね」
あの夜から十数年が過ぎた。
今度は娘が赤ん坊を連れて、この家へ戻ってきた。眠れない夜が続き、食卓で泣いた。
母親は黙って赤ん坊を抱き、息子だった青年は洗濯機を回し、父親は夕食の皿を私へ運んだ。
娘は言った。
「ごめん。何もできない」
母親は答えた。
「昔、あなたがやってくれた夜があったでしょう。今日は返す番」
娘は覚えていなかった。
母親は忘れていなかった。
私は知っている。
洗った皿は翌日にはまた汚れる。
片づけた台所も、すぐ散らかる。
それでも家事は消えてしまう仕事ではない。
休ませてもらった人の中へ残り、何年後かの疲れた夜に、別の手となって戻ってくる。