海底鉱床は潮任せ

カイエは二度と、鉛の潜水服を着ないと決めていた。

港湾採掘団で使っていたそれは、小屋の裏に放り出してある。膝は幾重にも継ぎ当てられ、首輪には塩が白く固まり、背中の留め金は救難信号を待つ夜ごとに削れていた。通信貝には未読の呼出しが四十一件。どれも「潜れる者が足りない」「一刻を争う」と同じことを言っている。

今のカイエは、浜辺の古い監視塔で暮らしていた。

沖合には彼名義の海底鉱床がある。そこを掘るのは人間ではなく、六匹の青銅蟹だ。満潮に合わせて海へ潜り、砂の下から蒼鉄の粒を拾い、腹の篭にためる。干潮になると無人桟橋へ戻り、選別機へ勝手に中身を落とす。船便の商人が週に一度買い取る契約まで済んでいる。

カイエがしているのは、蟹の甲羅についた海藻を撫で落とすことくらいだった。

潜水団では一回の採掘ごとに、空気筒の残量と仲間の命を背負った。今は蟹が遅れても、潮が悪かったのだと受け入れる。海に予定表を突きつけない暮らしは、思った以上に穏やかだった。

昼、塔の壁に掛けた貝殻札が音を立てた。

《蒼鉄二箱を納品。口座残高は次回満月までの生活費を上回りました》

王都で自慢できる金額ではない。けれど、今日は潜らなくていいと胸を張れる金額だった。

そのとき通信貝から、元船長ガランの怒鳴り声が響いた。

『第七浮標が沈んだ! 潮を読める潜り手はお前しかいない。戻れば特別手当を出す!』

カイエは釣り針に小海老をつけながら答えた。

「第七浮標は、去年から鎖を替えろと報告していました」

『今は説教を聞いている暇はない!』

「俺にも、そちらへ戻る暇はありません」

『何をしている』

「魚が来るのを待っています」

沈黙のあと、船長は裏切り者と罵った。カイエは通信貝を海へ投げそうになり、思い直して蓋を閉じた。怒りに使うのも惜しい。棚の奥へしまい、緊急受信の刻印を削る。

沖から青銅蟹が一匹戻り、鋏を振った。今日の分はもう採れたらしい。

カイエは桟橋の端に腰を下ろした。

仕事では一度も許されなかった「何も起きない海」を前に、ゆっくり釣り糸を垂らした。