海蛇の鱗で沈む港を浮かべる

沖の鐘が三度鳴った。大津波まで、あと十分。

港町ネレイアでは、住民を乗せた避難船が座礁し、老朽化した防潮壁はすでに裂けていた。浜には逃げ遅れた老人が並び、船上では親たちが子供だけでも沖へ出せと叫んでいる。潜水士トビアは、波間に横たわる蒼海蛇の死骸から一枚の鱗を剥がした。

ボス討伐時、救助対象を指定しておけば、その場で必要な限定品だけが落ちる。《救命戦利品》――彼が外れ役と笑われた能力だ。

今回指定したのは、港そのもの。

落ちたのは《浮界鱗》。親指ほどの薄い青だった。

「そんな欠片で何ができる!」

避難を指揮する商会長が叫ぶ。彼は補償金を惜しみ、避難船に積んだ穀物を降ろさせなかった男でもある。

トビアは返事をせず、海へ飛び込んだ。割れた防潮壁の下、港の基礎石に鱗を押し当てる。鱗は水へ溶け、青い線となって岸壁、桟橋、家々の土台を結んだ。

津波が水平線を隠した。

住民が悲鳴を上げた瞬間、港全体がふわりと持ち上がる。

石畳も、倉庫も、避難船を抱えた海面さえも、一枚の巨大な舟のように波の上へ浮いた。津波は町を砕かず、その下を通り抜けた。屋根の上で抱き合う家族の足元に、コップ一杯の水すら届かない。

ただし、青い線から切り離されていた商会長の私設金庫だけは浮かなかった。税逃れのため港の登記から外していたからだ。

「あ、あれも救え!」

金庫船は渦へ沈んでいく。

トビアは避難船の子供を抱き上げた。

「指定したのは港であって、あなたの隠し財産じゃない」

波が去ると、町は元の高さへ静かに降りた。船底は座礁岩から外れ、防潮壁の亀裂まで青い結晶で塞がれている。濡れた石畳の上へ降りた住民たちは、家の扉が一枚も流されていないことを確かめてから歓声を上げた。

濡れた鱗の跡を見て、町長が膝をついた。

「これを、外れ能力と呼んだのか」

港の鐘が、今度は生還を告げる。

その音に重なって、トビアの視界へ初めて通知が開いた。

【海域ボス限定SSR《浮界鱗》――都市単位救助の世界初記録を樹立】