消される署名

宮前真帆が校了前の取材記事を開くと、見出しの下から一人の名前が消えていた。

新型の小型蓄電池を紹介する企業タイアップ記事。初稿には、開発担当の女性技術者の名前と写真があった。戻ってきた修正指示では、写真が男性部長に差し替えられ、本文も〈部長の発案で実現〉に変わっている。

「広告主がそうしたいんだから、そのまま直して」

営業担当は言った。

「決裁する人を前に出したほうが、記事に格が出るって」

真帆は取材音声を再生した。発熱を抑える部品配置を考案した経緯を、技術者はノートの図を示しながら説明している。部長はその隣で、「私は最初、無理だと思った」と笑っていた。

記事公開は午後六時。残り四十分。隣の後輩は、修正履歴を消して入稿データへ上書きしようとしていた。

「履歴は残して。あなたが直したことにしなくていい」

真帆は元のインタビュー記録と、広告主から事前承認された取材対象者一覧を並べた。そこには技術者の名前が〈主要開発者〉として明記されている。さらに特許公開資料を確認すると、発明者欄の先頭も彼女だった。

写真フォルダには、技術者が試作品を抱えて笑う一枚も残っていた。撮影後、本人は「名前が載るなら、同じ仕事を目指す学生にも見つけてもらえるかもしれない」と話していた。その声だけを記事の外へ追い出す修正だった。真帆は、部長の写真を消すのではなく、二人の役割が分かる構成へ組み替えた。

営業担当は声を低くした。

「ここで逆らって契約が飛んだら、誰が責任を取るの」

真帆は、責任という言葉が、いつも声の小さい人へ押しつけられるのを知っていた。だから今回は、押し返す場所を記録にした。

〈事実関係と承認済み取材条件に基づき、開発者名を復元しました。役職者コメントは監修として追記します〉

そう添え、発案者の名前と写真を戻した修正版を、編集長と広告主の双方へ同時に送った。後輩には、音声ファイルと修正履歴を同じフォルダへ保存するよう伝えた。

公開時刻の五分前、編集長から短い返信が来た。

〈この版で出す。次の女性研究者特集、担当する?〉

真帆は入稿完了を確認してから、〈担当します〉と返した。