消した声の続き

 ぼくが六歳のとき、妹が生まれた。

 みんな妹ばかり見た。母は抱き、父は写真を撮り、祖母は「かわいい」を百回言った。ぼくがブロックで宇宙船を作っても、誰も気づかなかった。

 居間の棚に、古い録音機があった。

 亡くなった祖父の声が一つだけ残っていた。母が結婚するときに送られたもので、落ち込むと何度も聞いていた。

 その日も、母は妹を抱いたまま再生した。

『困ったら、家族に頼れ。強い人は一人で立つ人じゃなく――』

 ぼくは途中で停止ボタンを押した。

「今、聞いてるでしょう」

 母が妹を寝かせに行ったあと、録音機を手に取った。赤い削除ボタンを長く押すと、画面の数字がゼロになった。

 母は泣いた。

 ぼくは「触ってない」と言った。

 十年たった。

 引っ越しの片づけで、母が録音機を不燃ごみの袋へ入れた。

「もう直らないから」

 ぼくは袋から取り出した。

「消したの、ぼく」

 母は何も言わなかった。

「妹に全部取られたと思った。母さんが一番大事にしてるものを消したら、ぼくを見てくれると思った」

 言い終えると、十年前と同じように胸が苦しくなった。

「どうして今まで黙ってたの」

「怒られるより、がっかりされるのが怖かった」

 母はすぐに許さなかった。

「私は、おじいちゃんの声を二度と聞けなかった」

「うん」

「あなたは十年間、一人で隠してた」

「うん」

 その夜、ぼくは母と妹を座らせた。

 録音を消す前、何度も聞いていたから、言葉だけは覚えていた。

『困ったら、家族に頼れ。強い人は一人で立つ人じゃなく、助けてと言える人だ。間違えたら帰ってこい。家族は、帰ってきた人と話すためにある』

 祖父の声とは全然違う。途中で震え、最後は泣いてしまった。

 母も泣いた。

「声は戻らないね」

「ごめん」

「でも、続きを覚えていてくれたんだね」

 妹が録音機を持った。

「今の、録っていい?」

 ぼくは首を振りかけ、うなずいた。

 二回目は、三人で読んだ。

 母は祖父の言い方を直し、ぼくは覚えている言葉を足し、妹は最後に勝手な一文を入れた。

『それから、お兄ちゃんの宇宙船もちゃんと見ること』

 ぼくたちは笑った。

 消した過去は戻らない。

 それでも、隠していた六歳のぼくは、十六歳になってようやく、家族のところへ帰ることができた。