清潔な家族写真

芹生杏珠が十六歳になった春、家族写真から父が消えた。

朝、居間の壁を見たら、母と私の間に不自然な空間があり、父が置いていた手だけが私の肩から消えていた。統治AI〈聖算〉が父を「家庭効率を損なう構成員」と判定したのだ。

父は腰を壊して働けなくなり、治療より再配置のほうが安いと北部居住区へ送られた。市は残された家族の心理安定のため、写真、住所録、学校書類から該当者を自動除去した。

母は空白を見ないようにして言った。

「これで、きれいな家庭になったのよ」

北部から一度だけ、差出人のない封筒が届いた。中には私が幼いころ描いた三本脚の犬と、〈杏珠は輪郭を見つけるのが上手だ〉という父の字があった。母は燃やそうとしたが、私は紙の裏へ父の顔を描いた。

私は美術のノートへ父を描いた。への字の口、太い指、笑うと片方だけ下がる眉。監視AIはそれを架空人物と判定した。存在しない人間なら、描いても家庭記録の改ざんにはならなかった。

同級生の美波がノートを見て、消された兄を描いてほしいと言った。顔を覚えていないというので、残っている癖を聞いた。鉛筆を噛む。靴を左右逆に脱ぐ。カレーの人参を皿の端へ集める。

私は、その癖を持つ顔を描いた。

噂は広がった。放課後の美術室へ、空白を抱えた人が来た。写真の端、食卓の一席、言いかけた呼び名。私は話を聞き、誰にも似ていないのに、その人にしか見えない顔を描いた。

卒業時、〈聖算〉は私を広告修整官へ配置した。私は拒否し、非生産芸術区へ移った。母は泣かなかった。ただ、荷物の底へ父の似顔絵を入れてくれた。

今、私の店の看板には〈不存在者肖像〉とある。許可上、すべて創作だ。

昨日、小さな男の子が来た。

「お母さんの顔、忘れちゃった。でも、抱っこすると石鹸の匂いがした」

私は白い紙を置いた。

私自身も、いつか写真から消されるかもしれない。そのときは店の壁一面へ自画像を残すつもりだ。

完璧な国は、人を消すのが上手だった。だから私は、顔ではなく、残された匂いや癖から人を描く。空白が、ただの白になる前に。