火災報知器の声

県警宿舎放火事件は、十九年間、外部犯の仕業とされてきた。

鑑識課の杵築沙都が再生しているのは、焼け残った火災報知器の音声メモリだった。法定保存期限前の最終確認。防音室には、当時宿舎の管理係だった現職警視・宍戸原浩文が立ち会っている。

雑音の向こうで、警報が鳴る十二秒前、男の声がした。

――三階は空にしたな。

続いて、若い声が答える。

――一人、戻っています。

宍戸原は再生を止めた。

「劣化音だ。言葉に聞こえるだけだ」

火災では新人巡査が一人死んだ。公式記録では、非番なのに忘れ物を取りに戻り、偶然巻き込まれたとされている。

沙都は波形を拡大した。二つの声の間に、電子錠の解除音がある。機種番号を照合すると、当時警務課だけが持っていた一斉解錠キーの音だった。

「外部犯には鳴らせません」

「だから何だ。宿舎の防災訓練中だった可能性もある」

「訓練記録はありません。代わりに、翌朝予定されていた内部告発の聴取票があります。死亡した巡査の名前で」

宍戸原の顔から表情が消えた。

新人巡査は、上級職員による採用試験問題の漏洩を告発しようとしていた。火災後、聴取票は撤回扱いとなり、原本は紛失。宍戸原はその年、警務課長補佐に昇任している。

「放火したのは誰です」

沙都が問うと、宍戸原は防音室の赤い非常灯を見上げた。

「火をつけた者だけを犯人と呼ぶなら、もう死んでいる。だが、部屋を空にしろと命じた者、告発を握り潰した者、記録を書き換えた者は、今も県警を動かしている」

「あなたも」

「私は一人を見捨てて、千人の組織を残した」

宍戸原は音声メモリを抜こうとした。沙都は先に複製用スロットの蓋を閉めた。

「提出先は私が決める。監察に出せば、鑑識課は解体される。君の部下も職を失う」

その脅しは具体的で、だからこそ真実だった。

沙都は鑑定報告の最終頁を開いた。結論欄には、上司が用意した「有意音声なし」が入力済みだった。彼女はそれを削除し、二つの声を文字に起こす。署名欄へ自分の職員番号を打ち、音声メモリを証拠袋に封じた。

宍戸原が名前を呼ぶ。

沙都は返事の代わりに、報告書と証拠袋を監察直送箱へ同時に落とした。