火花の向こう側
櫟原小夜は、鍛造所でいちばん細い腕をしていた。
大槌を振る速さも、先輩たちより遅い。
「火を怖がるなら事務所へ行け」
鷲尾工場長はそう言ったが、小夜が怖がっていたのは火ではない。
叩いた鋼が返す音だった。
小夜の祖父も鍛冶職人で、幼いころから欠けた刃物と健全な刃物を目を閉じて聞き分けさせた。音だけを信じるのではない。音が違えば、数値で確かめるところまでが仕事だと教わっていた。
発電所へ納める大型弁の軸を仕上げた日、小夜は一本だけ、槌音の奥に乾いた響きを聞いた。
見た目は同じ。寸法も同じ。超音波検査の簡易表示も合格だった。
小夜は出荷札を外した。
「内部に空洞があります。もう一度、精密検査を」
鷲尾は札を奪い返した。
「新人が耳で品質を決めるな。検査機が合格と言ってる」
「検査角度が一方向だけです」
「言い訳ばかり覚えるから無能なんだ」
翌朝、納入先の立会試験が行われた。
圧力をかける前に、先方の技師・丹波が製造記録を確認する。小夜は昨夜、規定に従って異議申立書を提出していた。鷲尾はそれを「教育目的のメモ」と説明した。
丹波は小夜を見た。
「空洞の位置は」
小夜は軸の中央から三十七ミリ、わずかに左側を指した。
丹波は携帯型の探傷器を斜めに当てる。画面に、細い影が浮いた。
鷲尾が息を吐く。
「そんなもの、誤差だ」
丹波は試験装置の防護扉を閉め、規定値の半分だけ圧力をかけた。
金属の内側から、鈍い音がした。
小夜には、昨日と同じ響きに聞こえた。
次の瞬間、軸の表面に髪の毛ほどの亀裂が走った。
丹波は装置を停止し、製造番号を照合した。材料受入時の記録には、熱処理温度を手入力で変更した履歴がある。変更者は鷲尾だった。規定温度に達する前に炉を開け、検査角度も一方向だけに省略した記録まで連続して出てくる。
「納期を守るための調整だ」
鷲尾が言うと、丹波は異議申立書へ社印を押した。
「調整ではなく、隠蔽として報告します」
それから本社へ電話をかけ、短く確認を取った。
工場の端末に新しい品質保証責任者が表示される。
その欄には、櫟原小夜と記されていた。