灯りの消えた本邸

アルシェナが伯爵家を追い出された翌夜、本邸では百人を招いた婚約祝賀会が開かれた。

兄ヴェルトは客の前で宣言した。

「戦えもしない妹へ払っていた維持費は、今後すべて領地の発展に使う」

拍手と同時に、天井の魔晶灯が一斉に明るくなった。

そして三秒後、すべて消えた。

大広間だけではない。廊下も厨房も玄関も、屋敷中が闇になった。予備の魔石を差し替えると、今度は一階だけが眩しく輝き、二階の暖炉と貯蔵庫の冷却箱が止まった。執事が配電盤を開けても、魔力の流れは絡んだ糸のように逆流している。

「高価な魔石を入れれば済む話ではなかったのか」

「アルシェナ様が毎晩、部屋ごとの使用量を均しておられました。余った魔力を別の設備へ回し、一本の魔石で屋敷全体を保たせていたのです」

闇の中、招待客が帰り始めた。

婚約相手の侯爵令嬢は、侍女に手を引かれながら「領地の発展より、まず玄関を照らして」と言い残した。楽師は演奏をやめ、料理人は火のつかない魔導炉を前に立ち尽くす。最後の馬車が門を出るころ、台所では氷が溶け、祝宴用の菓子が崩れていた。

ヴェルトは魔石を十個追加させた。すると魔力が集中した配線が焼け、翌朝まで一室も点かなくなった。節約のため追い出した妹を欠いた一晩で、修繕費は彼女の十年分の報酬を超えた。

一方、町外れの孤児院では、古びた魔石一個で全室の灯りがともっていた。

院長セフィドは配電図を見て、目を丸くする。

「去年の三分の一の費用です。子ども部屋の暖房まで?」

「消費する順番を変えただけです。眠った部屋の灯りを、寒い部屋へ回しました」

「それを『だけ』と言う人を、うちは主任と呼びます」

子どもたちは、灯りが消えないことより、夜中に廊下へ出ても寒くないことを喜んだ。院長は浮いた費用で冬用の靴を注文し、その発注書へアルシェナ自身の決裁欄を作った。

新しい職名の札が渡された瞬間、伯爵家の家令が駆け込んできた。

背後には、消えた屋敷の窓が黒い壁のように並んでいる。

「お戻りください。若様は、家族なのだから水に流すと」

アルシェナは孤児院の鍵を腰へ下げた。

「家族としてではなく魔術師として雇った契約も、追放状を受け取った日に終了しています」