灰色の嘘
雨城ミソラは二股の回廊で、PK《ベルタ》のチャットを見つめた。
《真偽彩色》
発言者が「虚偽だと認識している文」は灰色で表示されます。
白文字は真実を保証しません。
ベルタが送る。
〈左は安全。右は即死床〉
文字は白い。
仲間は左へ走ろうとする。ミソラは止めた。ベルタは嘘を灰色にするシステムを逆手に取り、「本当にそう信じていること」だけを話す。地図を読み違えていれば、間違いも白くなる。
「臆病者。システムを信じられないの?」
ベルタ自身は右の壁際に立っている。逃げ道を確保しているのだろう。
ミソラは壊れた方位盤を拾い、ベルタへ見せた。針は南を北として指している。
「この迷宮、十分ごとに上下が反転する。さっき反転したよ」
灰色にならない。ミソラは自分でも、その可能性を半分信じていた。
ベルタの視線が地図へ落ちる。彼女は何度も回廊を見比べ、右へ一歩寄った。
ミソラは続ける。
「だから今は、右が安全なんだよね?」
ベルタは罠を疑いながらも、自分の計算を修正する。やがて白文字で答えた。
〈そう。右が安全〉
彼女は証明するため右へ踏み込んだ。
床が消え、ベルタの身体が拘束穴へ落ちる。即死ではない。PK捕縛用の檻だ。
仲間が息を呑む。
「白だったのに」
「嘘じゃなかった。最後には、本人が信じた」
ベルタは穴の中から罵る。ミソラの方位盤は故障しているだけで、迷宮は一度も反転していない。
《発言〈右が安全〉を再判定》
《発言者ベルタの主観認識:真》
拘束穴の中で、ベルタは何度も「右は安全だった」と呟いた。最初の二回は白、三回目で灰色へ変わる。
自分が誤っていたと理解した瞬間、同じ文が初めて嘘になったのだ。
ミソラはその変化を仲間へ見せる。
「色は答えじゃない。心がどこに立ってるかの印なんだ」
ベルタは白文字を盾にしてきたが、本当は誰より表示を恐れていた。灰色にならない範囲でしか話せず、自分の思い込みを疑うこともできなかった。
壊れた方位盤を渡すと、彼女は受け取らない。もう一度信じ込まされるのが怖いのだ。ミソラは盤を床へ置き、今度は何も説明しなかった。
《真偽彩色の用途を訂正――世界の正解を示す装置ではなく、PKが自分の誤りを真実だと信じた瞬間を記録する装置です》