烏の復唱イヤホン
商店街の電器店で、烏語イヤホンを試供品として渡された。
ただし翻訳できるのは、烏が人間から覚えた言葉だけだという。
総菜店の店主は、毎朝ごみ置き場を荒らす烏に悩んでいた。
イヤホンを着けて追い払うと、電線の烏が鳴いた。
「馬鹿。早くしろ。塩、足りない」
全部、誰かの声を真似しているだけだった。
店主は箒を振り、
「役に立たない機械だ」
と怒った。
その日の夕方、また烏が店の前へ来た。
亡くなった母が使っていた銀色の髪留めをくわえている。
店主は驚いた。
葬儀のあと、妹と遺品を分ける際になくした物だった。
「どこで拾った」
烏は首を傾げた。
「姉ちゃんに言うな。帰ってきていい。言うなよ」
店主の手から箒が落ちた。
弟の声だった。
十年前、弟は店を継ぐのを断り、町を出た。
母は怒り、店主も「二度と帰るな」と言った。
母が病気になってから、弟は一度だけ見舞いへ来たが、店主とは会わずに帰った。
弟が烏へ話しかけたとは思えない。
おそらく路地で誰かと電話していた言葉を、烏が覚えたのだろう。
「いつの話だ」
烏は答えず、別の声を出した。
「揚げすぎ。値引き。明日また来る」
常連客の言葉だった。
店主は思わず笑った。
髪留めを妹へ見せると、妹はしばらく黙った。
「それ、弟が持ってた」
「なぜ」
「母さんの病室から、一本だけ持っていったって」
弟が町へ来ていたことを、妹は知っていた。
店主へ言えばまた喧嘩になると思い、隠していた。
その夜、店主は弟の番号へ電話した。
つながらない。
短い伝言を残した。
「髪留めを烏が返した。帰ってきていい。今度は、言っていい」
返事はなかった。
数週間後、閉店間際に一人の客が入った。
帽子を深くかぶっていたが、弟だとすぐ分かった。
店主は、謝罪も昔の話もせず、売れ残ったコロッケを袋へ入れた。
「揚げすぎだから、値引き」
弟が笑った。
電線で烏が鳴く。
「明日また来る」
弟の声だったのか、常連客の声だったのか、もう分からない。
それでも弟は、
「明日も来ていい?」
と自分の口で聞いた。
店主はイヤホンを外した。
「烏に聞くな。私に聞け」
商店街の烏は今も人の言葉を拾う。
本心までは翻訳しない。
だから最後の一言だけは、人間同士で言い直さなければならない。