無罪側の証言

最高裁判事候補の一青菜摘は、適性審査で自分自身を証人席に見つけた。

並行倫理AIは、候補者が別の状況でも清廉でいられたかを調べる。呼び出された別世界の菜摘は、贈収賄で服役中だった。

「母の手術費が必要だった」と囚人服の菜摘は言った。「あなたの世界では、保険が通った。それだけ」

審査官は冷たく尋ねた。

「候補者と同一の人格だと認めますか」

「認めません」

「怖いから?」

画面の菜摘が笑った。笑い方まで同じだった。

菜摘はこれまで、法廷で何度も「環境は事情であって免罪符ではない」と言ってきた。向こうの自分も、最初は一度だけのつもりだった。賄賂を受け取り、証拠を曲げ、その秘密を守るために次の嘘を重ねた。違いは母の病室に届いた一通の不承認通知だけだった。

「私はあなたにならなかった」と菜摘は言った。

「まだ、ね」

審査AIは、囚人の存在を危険因子として表示した。任命を得るには、別の自分を「例外的逸脱」と切り捨てればよい。

菜摘は書類に署名しかけ、母の言葉を思い出した。助かった母はいつも、「あなたが正しい子だったから生きられた」と言った。あの感謝が、知らないうちに菜摘を無罪側へ閉じ込めていた。

彼女は署名欄に、任命辞退と書いた。

「同一人格だと認めるのですか」と審査官が問う。

「同じ犯罪者だとは認めません。ただ、同じ弱さを持つ人間です」

菜摘は最高裁ではなく、医療債務者専門の法律扶助局へ移った。待遇も名誉も下がった。母は泣いて反対した。

数年後、別世界通信の最終日に、囚人の菜摘から短い通知が届いた。

〈こちらでは、あなたの辞退が情状証拠になりました。私は仮釈放されます〉

無罪と有罪は交換されなかった。ただ、二つの世界で同じ女が、判決の外へ一歩ずつ出た。

法律扶助局で最初に担当したのは、父の治療薬を得るため所得証明を偽造した青年だった。菜摘は罪を消さず、事情だけも消さない弁論を書いた。判決後、青年に「裁く側なのに分かるんですね」と言われ、彼女は初めて、分かることと許すことを別々に抱えられた。