無能薬師の晩餐

薬師ギルドの晩餐会で、僕――トビアスの席だけ、皿がなかった。

「横流しの犯人に食事は不要だ」

ギルド長ヘルムートが言い、代わりに黒い液体の杯を置いた。禁制薬を売った罪を僕に着せ、公開処分するつもりだ。皆は僕を見ない。調薬試験で攻撃薬を一つも作れず、〈保存〉しか使えない無能を助ける者はいなかった。

「無実なら飲めるだろう?」

杯には十二種の毒が混ぜられていた。匂いで分かる。僕が倉庫で管理していた原料だからだ。

飲み干すと、ヘルムートは満足げに指を鳴らした。毒同士が反応し、腹の中で爆ぜる配合。普通なら喉を通った瞬間に七孔から血を噴く。

けれど、僕は椅子に座ったまま、空杯を卓上へ戻した。

「味が混ざりすぎです。配合者は三流ですね」

笑いが起きなかった。ヘルムートは僕の手元ではなく、床を見ていた。僕が一滴こぼした場所だけ、石板が紫色に腐り、深い穴が開いていたからだ。

「耐毒薬か。なら直接入れてやる」

彼は袖から注射短剣を抜いた。刃の内部に〈腐王液〉を封じ、刺した相手の血管へ圧入する処刑具。先ほどの杯より一段強い毒だ。

ヘルムートが僕の胸へ突き込む。爆ぜる音。白い薬煙が卓を覆い、客たちが悲鳴を上げた。

煙が晴れたとき、僕は同じ姿勢で椅子に座っていた。

最初に異常へ気づいたのは、毒を調合した副長だった。彼は短剣の圧入筒が空になっているのを確かめ、腐王液が確かに全量放出された、と震える声で告げた。逃げ道だった「不発」の言葉が消え、晩餐会の視線が一斉にヘルムートへ向く。

胸元に傷はない。僕の指は、刺さる直前の短剣を二本で挟んでいた。刃から押し込まれた腐王液は、透明な珠になって指先で静止している。

〈保存〉は薬棚の中身を長持ちさせる技能ではありません」

僕は初めて、試験官たちの誤訳を訂正した。

「指定したものの状態を、変化する前のまま保存するんです。僕の身体も、僕が許すまで傷つく前の状態です」

指を離す。行き場を失った毒液が短剣へ戻り、金属を内側から食い破った。

ヘルムートの手の中で、処刑用の短剣が砕けた。