焼き増しは一枚だけ

笹舟朔実が銀星堂写真館へ持ち込んだのは、高校の卒業式に撮った一枚だった。

画面の右に朔実、左に、もう六年話していない友人がいる。二人とも泣いたあとの顔で、制服の袖をつかみ合って笑っていた。卒業後、同じ街へ出る約束をしたのに、朔実だけが内定を断って地元へ残った。その理由を、母の病気ではなく「都会が怖くなったから」と嘘で済ませた。友人は怒ったのではない。ただ、何度か届いたメッセージへ返事をしないうち、やり取りが途切れた。

来月、その友人が結婚するらしい。共通の知人から式の写真を見せられる前に、朔実は古い写真から左半分を切りたいと思った。

店主は写真をガラス板の上へ置き、L字形の黒い定規で友人を隠した。残るのは、宙に浮いた朔実の左手だった。誰かの袖をつかんでいた指だけが、行き先を失っている。

店主は何も言わず、定規を一センチ戻した。今度は友人の肩が半分残った。さらに戻すと二人の顔が入り、元の写真になった。注文票の〈トリミング〉〈焼き増し〉を指で順に示す。

朔実は、写真の裏に薄く残る筆圧を見つけた。友人の字だった。

〈一枚しかないから、なくすな〉

そのころは、写真のことだと思っていた。今読むと、別のものまで含んでいるようで、都合がよすぎる気もした。

「切らないで、一枚だけ焼き増してください」

店主は黒い定規を片づけ、原版の写真を透明な袋へ戻した。焼き増し代を受け取ると、贈答用の赤い包装紙には手を伸ばさず、白い封筒を一枚選んだ。封は糊づけせず、細い紙帯だけを巻く。中へ言葉を足せるように、という所作に見えた。

仕上がりを待つ間、朔実はスマートフォンを開いた。友人のアカウントは消していなかった。文章を長くすると、六年分の弁明になる。

〈結婚おめでとう。あのとき、怖いと言えなくて嘘をついた。写真を一枚、送ってもいい?〉

送信してから、焼き増された写真を受け取った。返事はまだ来ない。朔実は白い封筒の紙帯を外し、写真と一緒に、何も書いていない便箋を一枚入れた。

切るより先に、届くかどうかを試すことにした。