煙の残る白

名取颯希は、大学時代のグループチャットを抜ける理由を考えながら、燻製居酒屋「雲居」へ入った。

 今夜、仲間の一人から結婚式の案内が届いた。新婦は、一か月前まで颯希の恋人だった。付き合った期間は半年。友人だった期間は七年。別れた理由は「恋人になると、私たちはうまく話せない」だった。

 カウンターには颯希しかいない。店主は注文を聞き、いぶりがっことクリームチーズを一皿だけ置いた。琥珀色の漬物を噛むと、こりりと乾いた音がする。焚き火に似た煙の匂いが広がり、その角を冷たいチーズの脂が丸く包んだ。

 披露宴で彼女の隣に立つのは、颯希の知らない男だった。交際が重なっていたわけではないらしい。紹介から決まるまでが早かった、と共通の友人は気まずそうに教えた。

 颯希は祝える自信がなかった。それ以上に、欠席した自分を仲間に説明されるのが嫌だった。だからチャットごと消えればいい。七年分の写真も、夜中の通話も、誰かの誕生日を忘れて慌てた記録も、全部一緒に見えなくなる。

 彼女と付き合い始めたとき、仲間の一人は「やっとか」と笑った。別れた報告には、誰も気の利いた言葉を返せなかった。友情へ戻ればいいと言うには、半年は短くなく、七年は長すぎた。

 店主が、空いた皿の端へ新しい一切れを寄せた。

「煙は残るな」

「服にもつきますね」

「でも、白い方まで茶色にはならん」

 料理の話だった。颯希は笑い損ねたような息を吐いた。

 チャットの退会画面を閉じ、招待してきた友人へ個別に返信した。「出席する。ただ、席だけ少し離してくれると助かる」。送信すると、惨めさは消えなかった。むしろ、自分がまだ彼女を好きだと認めた分だけ胸が狭くなった。

 明日は礼服をクリーニングへ出す。結婚式までに祝えるようになるとは思わない。それでも、七年の友人たちまで失恋の巻き添えにするのはやめる。

 最後のいぶりがっこは強く煙り、チーズは舌の上で静かに冷たかった。混ざっても、どちらの味もなくならなかった。