片方だけの朝

 祝部玲奈が夜勤を終えて帰ると、靴下が片方なくなっていた。

 洗濯籠にも、ベッドの下にもない。代わりに、カーテンの陰から茶色い尻尾が出ている。

 三日前、病院の駐輪場で拾った子猫だった。看護師長に段ボールを渡され、「あなたのアパート、ペット可でしょう」と押し切られた。里親が決まるまでの預かりで、名前もつけないつもりだった。

 けれど子猫は初日に右の靴下を一枚、二日目に左を一枚盗んだ。三日目には洗濯済みのものまで運び、カーテン裏へ小さな巣を作っていた。

「じゃあ、片方」

 玲奈が呼ぶと、子猫は盗品の上で胸を張った。

 片方は、玲奈が眠ると元気になる。

 午前十時、腹の上を走る。正午、髪を噛む。午後二時、耳元で喉を鳴らす。夜勤前の貴重な睡眠を細切れにされ、玲奈は本気で里親募集の文章を書いた。

〈人懐こく、活発です〉

 正直に〈眠っている人間を起こすのが得意です〉と続けて、消した。

 その夜の勤務は忙しかった。点滴を替え、ナースコールへ走り、眠れない患者の話を聞いた。明け方、年配の女性に「あなたもちゃんと休んでね」と言われたとき、笑顔を作る力も残っていなかった。

 帰宅すると、部屋は静かだった。

 いつもなら玄関まで来る片方がいない。胸がひやりとして探すと、子猫は布団の上にいた。玲奈のパジャマと、片方ずつの靴下を集め、その真ん中で丸くなっている。

 近づくと目を開けたが、今日は飛びかからなかった。玲奈の指を舐め、手首へ顎をのせた。

「疲れた匂い、した?」

 片方は返事の代わりに、鼻から短く息を出した。

 玲奈はカーテンを閉め、制服を脱いだ。盗まれた靴下を取り返すのは諦め、裸足のまま布団へ入る。子猫の背中は、小さな湯たんぽのようだった。

 目覚ましを夜まで切り、里親募集の下書きも削除した。

 夕方、玲奈が目を覚ますと、枕元に靴下が左右そろえて置かれていた。もちろん猫がそろえたわけではなく、寝返りで偶然並んだだけだろう。

 それでも玲奈は少し笑った。

 片方は胸の上で伸びをし、石鹸と洗いたての布の匂いをまといながら、もう一度眠る場所を決めるようにくるくる回った。