犬走りの主役

住宅工事の現場事務に採用された雨乞ゆづりは、動物保護施設で長く働いていた。その経歴を知った現場監督が言った。

「雨乞さん、明日は犬走りを頼む」

ゆづりは胸を張った。

「犬種の指定はありますか?」

「犬種? 丈夫なら何でもいい。家の周囲をぐるっと」

「何頭くらい走らせます?」

「一人で十分だろ」

一人で犬を走らせる役目、という意味らしい。

翌朝、ゆづりは保護犬の疾風、団子、ポン酢を連れて現場へ来た。監督は三匹を見て固まった。

「何だ、その犬」

「犬走りです。選抜に迷ったので三頭」

「幅六十、勾配二パーセントって伝えたよな」

「はい。六十センチ幅のコースを、少し坂にしてあります」

見ると、カラーコーンが家の周囲に並べられ、犬用ハードルまで置かれている。

左官職人が尋ねた。

「下はどうする?」

ゆづりは即答した。

「肉球を痛めないよう、柔らかい土を」

「土じゃ水が切れないだろ」

「給水所も四か所あります」

「水を切るんだよ!」

設計士からも電話が来た。

『表面は平らに、ひび割れのない仕上げで』

「肉球クリームを塗り、爪も整えます」

『爪?』

「走者のコンディション管理です」

設計士は無言で電話を監督へ代わるよう求めた。

その間、三匹はカラーコーンを倒し、職人たちの昼食を狙って現場を一周した。

会話を聞いていた施主まで不安そうに口を挟んだ。

「犬は毎日来るんですか」

「ご希望なら交代制で。夜間は吠えない子にします」

「家に犬を付属させた覚えはないんですが」

施主の子どもだけは喜び、「付属するなら団子がいい」と指名した。ゆづりは譲渡申込書まで差し出した。

監督は頭を抱え、図面を広げた。

「犬走りってのは、建物の外壁沿いに作る細い通路だ。コンクリートで固めて、雨水を外へ流す」

ゆづりは図面と三匹を交互に見た。

「犬が走る場所では?」

「語源には諸説あるが、少なくとも犬を発注した覚えはない」

その後、完成した犬走りの検査で、疾風が家の周囲を一周した。

施主が拍手した。

「名前どおりの使い方もできますね」