狼歯の馬勒

凍った草原の中央に、二頭の栗毛が向かい合っていた。

ソルク・バヤンは片方の馬勒を握り、頬革に縫いつけられた狼の牙を見た。根元が前を向いている。

交換する人質は、こちらが捕らえたキレト族長の娘オルガナと、向こうに囚われたソルクの弟だった。二人を馬へ乗せ、百歩離れた場所から同時に手綱を放す。騎馬の民らしい、簡単な約束だった。

だが弟の栗毛に付けられた狼歯は、向きが逆だった。

草原の馬勒では、牙の先を前へ向けると「戦へ」、後ろへ向けると「家へ」を意味する。飾りではない。馬は幼いころから、牙が頬へ触れる向きと笛の音を一緒に覚えさせられる。

敵は弟の馬勒を戦向きにした。交換が始まり、弟がこちらへ半分来たところで鋭い笛を吹く。馬は反転して敵陣へ戻る。こちらが追えば、丘陰の騎弓兵が射る。

「何を見ている」

キレト族長が言った。

「歯だ」

「狼を恐れる歳でもあるまい」

ソルクは答えず、オルガナの馬の鼻面を撫でた。娘の馬勒は家向きだった。こちらへ戻る笛を聞けば、敵陣へ走る。

仕掛けは左右対称だった。向こうも、こちらが同じことをすると疑っている。だから娘の馬には、族長自身が選んだ老馬を使っていた。笛を聞いても急には向きを変えない。

ソルクは自分の腰から狼歯を一本外し、弟の馬勒へ歩み寄った。

敵兵が弓を引く。

「触れるな」と族長が言う。

「交換前の馬具検めは約束にある」

ソルクは戦向きの牙を切り落とし、自分の歯を家向きに縫った。ただし糸は一度しか通さなかった。馬が走ればすぐ外れる。

族長は目を細めた。仕掛けを見破られたと認めれば、笛は使えない。だがソルクの粗い縫い方には別の意味がある。途中で牙が落ちれば、馬はどの笛にも従わず、乗り手の手綱だけを聞く。

「弟は馬を御せるか」

「俺より上手い」

「娘は?」

「族長の娘だ。聞くまでもない」

二人は人質を鞍へ上げた。弟は痩せていたが、背は曲げなかった。オルガナも父を見ず、手綱を短く持った。

合図の骨笛が一度鳴る。

二頭が走り出した。百歩、五十歩。丘陰から別の笛が鋭く響いた。弟の栗毛が耳を伏せる。狼歯の糸が切れ、白い牙が雪へ落ちた。

馬は反転しなかった。

弟とオルガナは中央ですれ違い、それぞれの血族へ走りきった。

ソルクは弟の肩を受け止め、丘を見た。隠れていた敵騎兵がまだ動けずにいる。

キレト族長が鞭を上げた。

同時にソルクも右手を掲げる。

「黒馬尾を上げろ」

味方の騎旗が、凍った風を噛んで立った。