猫から届く青い葉書
鍵和田央佳の隣家には、白い猫のミロがいた。
飼い主の老人が足を悪くしてから、ミロは遠方に住む娘の家へ預けられた。老人は「向こうの方が広いし、日当たりもいい」と笑ったが、夕方になると空の縁側へ餌皿を置きかけることがあった。
央佳は十一歳だった。
ある日、青い葉書へ猫の絵を描き、老人の郵便受けへ入れた。
〈こちらはげんき。窓が三つある。魚は少ない。ミロより〉
差出人の字が自分のものだと、すぐ分かると思った。
翌朝、葉書は老人の家の窓辺へ飾られていた。
「ミロ、字が書けたんだって」
老人は真面目な顔で言った。
「猫だから、少し下手」
央佳も真面目に答えた。
それから月に二度、ミロから葉書が届いた。
〈新しい家の子どもは、寝相が悪い〉
〈今日は日向が長かった〉
〈おじいさんの膝は、こちらの座布団よりよかった〉
内容は、娘から聞いた近況と央佳の想像を混ぜた。
老人は返事を書いた。
〈魚が少ないなら、夢で食べなさい〉
〈こちらの縁側は空けてある〉
葉書は央佳へ渡される。
「届けてくれる?」
「郵便代、高いよ」
「猫便で頼む」
老人は煎餅を一枚、配達料としてくれた。
冬の終わり、央佳は忙しくて葉書を二週間遅らせた。
老人から催促はなかった。
代わりに郵便受けへ、小さな青い葉書が入っていた。
〈央佳へ。ミロは元気だそうです。葉書係も、無理をしなくていい。老人より〉
央佳は字を見て、胸が少し熱くなった。
最初から全部分かっていたのだ。
その晩、二人で老人の家へ電話し、娘の画面越しにミロを見た。白い猫はカメラへ背を向け、窓辺で尻尾だけ動かしていた。
「相変わらずだ」
老人が笑う。
春、ミロが一週間だけ帰ってきた。
縁側へ座り、老人の膝で丸くなる。
央佳は青い葉書を一枚持っていったが、何も書かなかった。
「今日は本人がいるからね」
「猫は口下手だから、また頼むかもしれない」
二人は秘密を説明せず、煎餅を半分ずつ食べた。
縁側には茶と畳、陽に温まった猫の毛の匂いが満ちた。
優しい嘘はもうばれていた。それでも青い葉書は、離れていた時間に小さな橋を架け、二人だけの郵便路を静かに残していた。