獅子は膝をつかない

闘技場の地下で、獅子獣人ラザンは鎖につながれていた。

 百戦無敗。ただし勝利はすべて、首輪から流れ込む命令の結果だった。

「次の相手は王国騎士団だ。殺せ」

 興行主ヘルムートが命令石を掲げる。ラザンの金色の瞳が濁り、檻の鉄格子が軋んだ。

 その前へ、治癒師シオンが立った。武器は薬箱だけ。

「治療時間は終わったぞ」

「まだです。首輪が病巣なので」

 シオンはラザンの胸へ手を当てた。首輪を外そうとした治癒師は過去にもいた。全員、逆流した呪いで腕を失ったという。

「俺の紋章に上書きする気か?」

 ラザンが低く問う。

「それなら殺す」

「上書きは治療ではありません。飼い主が替わるだけでしょう」

 シオンは白い治癒光を首輪ではなく、ラザンの心臓へ流した。

 強制命令は、命令に逆らうたび心臓を締める仕組みだ。ならば首輪を壊すより先に、心臓を「締められる前の状態」へ戻し続ければいい。

「ラザン! 治癒師を殺せ!」

 命令石が赤く輝く。

 獅子の腕が持ち上がり、巨大な爪がシオンの頭上へ振り下ろされた。

 だが、止まった。

 ラザンの意志が命令を押し返すたび、シオンの治癒が痛みを消す。首輪は何度も締まり、何度も無意味に戻され、ついに術式の方が耐えきれず砕け散った。

「あり得ん! なら新しい所有印を——」

 ヘルムートが予備の印章を投げる。シオンは振り向きもせず薬箱の蓋で弾き、衛兵へ告げた。

「違法興行と殺人教唆の証拠です」

 地下へ騎士団が雪崩れ込む。

 シオンはラザンへ背を向けた。

「出口はあちらです。私は治療費を請求しません」

 獅子は長い間、立ち尽くしていた。やがて出口へ歩き、朝日の中へ消える。

 その日の午後、騎士団との試合は中止になった。シオンが客席を横切ると、入場門の前にラザンがいた。

「俺はもう、誰にも膝をつかない」

「そうしてください」

「だから立ったまま頼む。お前の旅に、俺の盾を使わせてくれ」

 ラザンは膝をつかず、巨大な盾を自分の意思で掲げた。

 その横に立つシオンもまた、命令ではなく申し出として、その力を受け入れた。