生姜多めの塩もつ煮

 皆川凌平が暖簾をくぐると、店主は鍋の蓋を持ち上げ、こちらを見ずに言った。

「生姜、多めだったな」

 三年ぶりだった。転職して町を離れ、今日は出張で戻っただけだ。それでも店主は、凌平が塩もつ煮に生姜を山ほど載せていたことを覚えていた。

 小鍋から白い湯気が上がり、澄んだ脂の匂いに生姜の鋭さが混じった。煮汁は静かにふつふつと揺れ、箸で持ち上げたもつは柔らかく縮んでいる。口に入れると、塩味のあとを追って生姜の熱が喉へ落ちた。

 弟からのメッセージは、五日前から未読のままだ。

〈専門学校の保証人になってほしい〉

 弟は二度仕事を辞めている。最初は店長と喧嘩し、次は朝起きられなくなった。今度は自動車整備を学びたいという。入学金を分割にするため、保証人が要るらしい。

 凌平は、また途中で投げると思った。父が借金を残して消えたせいで、保証人という言葉そのものが嫌いだった。断るなら早いほうがいい。それなのに返事をしないまま、弟が諦めるのを待っている。

「辛すぎたか」

 店主が生姜の山を見た。

「いえ。これくらいが好きです」

「前もそう言ってた」

 それだけで、店主は鍋のほうへ戻った。

 凌平はもつを一つ噛んだ。噛み切れるまで少し時間がかかる。柔らかく煮えていても、歯を当てなければ形は残る。

 弟が小学生のころ、父の取り立てから隠れるため、二人で押し入れに入ったことがある。凌平はその夜から、弟だけは借金に近づけないと勝手に決めていた。けれど守ることと、選ばせないことの境目を、今まで考えたことがなかった。

 保証人になる勇気は、まだなかった。弟の覚悟を信じる材料もない。だから凌平は、未読を開いた。

〈明日、学校の費用と授業日程を一緒に確認しよう。保証人になるかは、そのあとで決めたい〉

 送る前に、オンラインで話せる時刻を三つ添えた。弟が怒るかもしれない。「信じてくれないのか」と言われれば、言い返してしまうかもしれない。

 それでも、黙って断るのはやめる。

 煮汁の底に沈んだ生姜をすくうと、最初より辛かった。額に薄く汗がにじみ、腹の中には塩気のある熱が、店を出てからも丸く残った。