白い招待状の余白

瑞希は、幼なじみの結婚式で受付を任されていた。

芳名帳の横には、新婦が用意した白いカードが積まれている。祝いの言葉や絵を一枚ずつ書き、最後にアルバムにするらしい。

瑞希は絵が苦手な会社員ということになっていた。職場でも友人の前でもそう通している。けれど週末には「水鏡」という名で漫画を描き、年に四冊の同人誌を出していた。

受付が落ち着いたころ、新婦がドレスの裾を持ち上げて駆けてきた。

「瑞希も描いてね。空いてるところ、寂しいから」

「私、絵は無理だって」

「じゃあ一言だけでも」

渡されたペンを握り、瑞希は小さな花を描いた。昔から描き慣れた、花弁が一枚だけ欠けた花。無意識に、その下へ流れるような文字で署名する。

――水鏡。

書いてから気づいた。慌てて塗りつぶそうとすると、新婦がカードをさらった。

「やっぱり」

瑞希の喉が乾く。

「知ってたの?」

「高校のとき、瑞希がノートの隅にずっと描いてた花。水鏡さんの本にも毎回出てくる」

新婦はブーケの陰から、小さな封筒を取り出した。中には、瑞希の第一作の購入特典だった栞が入っていた。端が擦れ、透明なテープで補強されている。

「最初のイベントから買ってる。声かけたら、瑞希が逃げそうだったから黙ってた」

恥ずかしさより先に、長い間ひとりで抱えていた箱の蓋が外れるような感覚がした。

「今日、みんなに言う?」

瑞希が尋ねると、新婦は首を振った。

「それは瑞希が決めること。でも私のアルバムには、水鏡さんの絵がほしい。幼なじみの瑞希が描いたものとして」

披露宴の開始を告げる鐘が鳴った。新婦は戻っていき、瑞希は白いカードと向き合う。

いつもなら、正体が分からないよう線を変えるところだった。今日は描き慣れた横顔を描いた。ベールを直す手、笑う口元、花弁の欠けた花。

最後の署名で少し迷い、先に本名を書く。

――瑞希。

その下へ、小さく括弧をつけた。

(水鏡)

二つの名が並んだ余白に、新婦のブーケから落ちた白い花弁が一枚、静かに重なった。