白い札の三文字
母は、ルーターのプラグをまた抜いていた。
余命を知らされた日の帰宅後、町田帆波が最初に探したのは白いビニールテープだった。
母は居間で、午前中に届いた通販の箱を開けていた。帆波が病院へ行っているあいだ留守番に来て、そのまま夕飯を作るつもりらしい。台所からは昆布の匂いがしたが、帆波は鍋を見に行かなかった。
「ネット、また壊れてるよ」
母が段ボールを畳みながら言った。
壊れてはいない。廊下のコンセントを見ると、ルーターの黒いプラグが抜かれ、代わりに掃除機が刺さっている。母は掃除をするたび抜き、戻す場所を忘れる。帆波が仕事中でも電話をかけてきて、「四角い箱が赤い」と実況する。
病院の診察室では、母へいつ話すかまで聞かれた。今日でも、落ち着いてからでもいいと言われた。落ち着くという状態が何を指すのか分からなかった。少なくとも、赤いランプが点いているあいだではないと思った。
帆波はプラグを差し直した。黒い箱は最初に赤く点滅し、少し待ってから、灯りが一つずつ緑に変わる。母は「やっぱり壊れてなかった」と、直した人の顔でうなずいた。
白いテープは文房具の引き出しの奥にあった。油性ペンと一緒に食卓へ持っていく。三センチほど切り、机へ貼って、何を書くか考える。
「ルーター」では母に伝わらない。「通信」も固い。「抜くな」は命令みたいで嫌だった。
帆波は結局、太い字で「そのまま」と書いた。
母が横からのぞき込む。
「何をそのまま?」
「この黒い線」
「掃除機は?」
「向こうの白いところ」
「そっちにも札をつけて」
用事が増えそうになり、帆波は首を振った。今日は一つでいい。黒いコードを持ち上げ、プラグの根元へテープを一周させる。文字が裏へ回らないよう、ゆっくり押さえた。
母はもう通販の緩衝紙を丸めている。夕飯の鍋が小さく鳴った。帆波の鞄には、まだ開けていない封筒がある。
テープの端が浮いたので、爪でなぞる。白い札の三文字が、差し込み口のすぐ上で正面を向いた。