白ではないブーケ
「これを白だと言うんですか」
挙式二時間前、控室で花嫁が掲げたブーケは、朝の光の中で淡い麦色に見えた。新人プランナーの榊原柚葉にとって、初めて正面から受けるクレームだった。
発注書には「ホワイト系、クラシカル」。花屋は「指定どおりのアイボリーです」と譲らない。先輩は廊下で、「写真なら温かく写るし、なだめて」と囁いた。
けれど花嫁は、怒っているだけではなかった。ドレスの裾を握る指が震えている。
「祖母の結婚写真と同じ、青みのある白にしたいって、打合せで言いました」
柚葉はタブレットの議事録を検索した。文字には残っていない。代わりに、最終打合せの音声メモがあった。雑音の奥で花嫁が「生成りではなく、冬の窓みたいな白」と言い、柚葉自身が「承知しました」と答えている。
発注時、色番号を入れなかった自分のミスだった。柚葉は「白」という一語で十分だと思い、花嫁が差し出した祖母の写真を、参考資料ではなく思い出話として流してしまっていた。
花屋へ作り直しを頼んでも間に合わない。柚葉は館内を走り、披露宴入口の装花に使う白いラナンキュラスを見つけた。こちらは冷たい白だ。ただし抜けば、入口が寂しくなる。
「入口の花を、ブーケに組み替えさせてください。装花は布とキャンドルで再構成します」
先輩は顔をしかめた。「全体を崩すの?」
「今日、一番近くで写真に残るのは、入口ではなく、この人の手です」
花嫁はしばらく黙り、やがてブーケを柚葉へ渡した。
花屋と二人で茎を切り、白い花を束ね直す。切り口から青い匂いが立ち、冷たい水が柚葉の袖を濡らした。青いリボンを一筋だけ結ぶと、古い写真の中の祖母が持っていた色に近づいた。抜いた分の入口装花には、余った葉とガラスの燭台を低く並べ、空白を意匠に変えた。
挙式五分前、花嫁は鏡越しに頷いた。「これです」
柚葉は披露宴入口へ戻り、空いた花器に白布を落とし、灯りを並べた。華やかさは減ったが、光はきれいだった。
夜、柚葉は発注書に「色名だけでなく、現物見本を自然光で確認」の欄を追加し、先輩へ送った。
件名の最後に、こう書き足した。
〈次回のブーケ打合せも、私を担当にしてください〉