白湯が黙る夜

午後十時半、駅前のラーメン店にはまだ十二人並んでいた。深水朔が二本目の寸胴を開けると、白いはずの豚骨スープは灰色に透けていた。

「背脂を足せば戻る」

店長が網を取った。朔は返事をせず、表面をお玉で押した。脂は十分に浮いている。足りないのは脂ではなく、スープ全体を白く見せる乳化だった。

客席からは食券機の音が続き、厨房口には替え玉の札が五枚並んだ。薄いスープを濃い味の返しで隠せば、その場は通せる。だが一杯ごとに塩辛さが変わり、後半の客ほど別のラーメンを食べることになる。朔は味ではなく、鍋の動きを先に見た。

一号の寸胴は大きな泡が底から絶えず上がる。二号は中心だけが静かに揺れている。朔は火を強くせず、いったん元を閉めた。鍋をずらすと、バーナーの片側に黒い煤が付いていた。昼の吹きこぼれが穴を塞ぎ、炎が半周しか出ていない。

「今、最大にすれば早いだろ」

「煤が増えます。炎も外へ逃げる」

朔は客席側の換気を確認し、故障した口を使用禁止にした。白湯を半量ずつ小さな鍋へ移し、空いている正常な火口二つで一気に沸かした。お玉で底から返し、強い対流を作る。脂を追加する代わりに、すでにある脂と水分をもう一度細かく混ぜ直した。

二つの鍋は量が少ないぶん、沸き過ぎるのも早い。朔は時計ではなく、泡の大きさを見て火を上下させた。店長が試しに背脂を一杯だけ加えようとしたが、朔は味見用の小椀を差し出した。舌に残る厚みは、最初の寸胴と同じだった。

数分後、灰色だった液面が象牙色に変わった。朔は丼ごとの返しを減らさず、最初の一杯を自分で味見した。濃さを足してごまかしていないから、塩分も変わっていない。

丼を返す洗い場から、いつもの白い脂の輪が残っていると声が上がった。味だけでなく、洗う人にも元の濃さが分かった。

列の最後の客がスープを飲み干した頃、日付が変わった。店長は煤けたバーナーを見て、業者へ電話をかけた。

朔は洗った寸胴に新しい骨を入れ、水を張った。修理は朝になるという。開店までに次の白湯を立ち上げるには、静かになっている暇はなかった。