百二十七人目の給金袋
国境砦の給金日、百二十七人目の兵士の前で袋が尽きた。
新兵ユルクは、差し出した手をゆっくり下ろした。彼の後ろには、今月配属された兵が二十人並んでいる。
「名簿にない者へは払えん」
主計官代理が怒鳴った直後、列の前方で別の声が上がった。
「戦死した兄の名が呼ばれたぞ」
机の上には、半年前の古い兵員名簿。死者、脱走者、転属者の給金袋まで作られ、新兵分の銀貨は残っていなかった。
昨日、軍務省は経理官キサラを「剣も持てぬ余剰人員」として国外追放した。彼女は毎晩、各隊の点呼札と治療所の記録を照合し、給金名簿を更新していた。誰も、その一行ずつの訂正を仕事だと思わなかった。
「来月まとめて払う」
砦司令の一言で、兵たちは動かなかった。今夜の食事代も、故郷へ送る薬代も、来月まで待ってはくれない。やがて百二十七人目のユルクが槍を地面へ置いた。続いて二十本の槍が並ぶ。
砦内の食堂は現金払いだった。給金を受け取れない新兵たちは朝食を断られ、古参兵も自分の袋に死者の名札が付いているのを見て、金を受け取ろうとしなかった。誰かの遺族へ渡るべき銀貨を盗むようで、手が伸びなかったのだ。
司令は自分の金庫を開けたが、二十人分にも足りない。国境の烽火が上がっても、門楼へ向かう足音はまばらだった。
「給金がないなら、門も守れません」
同じ日の夕刻、隣国の自由都市では、キサラが守備隊全員へ袋を手渡していた。負傷者の休業分も、新兵の日割り分も一枚の誤差もない。
兵士は袋を受け取るたび、公開された名簿へ自分で印を付けた。死者の分は遺族送金箱へ移され、誰の銀貨も宙に浮かない。給金台の列には不満の声ではなく、任務へ戻る靴音が続いた。
老市長は公開広場で彼女に席を勧めた。
「数字の後ろにいる人間を見失わない者こそ、我が市の財務官だ」
日が沈む前、祖国の騎馬使者が砦司令の親書を届けた。
『追放を撤回する。明朝までに戻り、名簿を直せ』
キサラは新しい任命状の横に返書を置いた。
「追放命令の発効をもって、王国軍との雇用契約は終了しております」