眠れない看護師

硯谷征士は、夜勤明けの事故で両脚を失った。病院は最新の義足を支給し、ついでに腰椎と視神経も交換した。疲労を抑える内分泌装置を入れると、眠る必要までなくなった。

勤務管理AIは喜んだ。

「連続稼働可能時間、百六十八時間。人員不足の解消に貢献します」

征士も最初は誇らしかった。誰より早く点滴を替え、転倒を防ぎ、呼吸の乱れを一秒で見つけた。眠らない看護師は病棟の切り札になった。休暇を取る職員が出るたび勤務が追加され、正月も誕生日も病棟にいた。妹から届く食事の誘いには、「睡眠不要のため都合はいつでも同じ」と返し、結局一度も日を決めなかった。

けれど、患者の話を最後まで聞けなくなった。ベッド脇に座る時間は「医療成果に直結しない」と表示される。泣いている家族には鎮静相談の案内を送り、亡くなった人の手を握る代わりに、次の処置へ走った。

ある夜、末期癌を患う老女が言った。

「あなた、疲れないから、待てないのね」

征士は反論できなかった。老女は眠れず、昔飼っていた犬の話を何度もした。内容はすでに記録済みだった。それでも彼女は、同じところで笑い、同じところで黙った。

「明日も聞きます」と征士は答え、呼び出しに向かった。

明日は来なかった。老女は夜明け前に亡くなった。端末には、最終会話未完了という表示だけが残った。

征士は勤務管理AIへ、毎日八時間の停止時間を申請した。

「機能上、不要です」

「必要なのは身体じゃない」

彼は照明を落とし、ベッドに横たわる訓練を始めた。眠れないので、目を閉じて何もしない。最初の一時間は警告ばかり数えた。やがて、廊下の足音、患者の寝息、朝を待つ家族の小さな咳が聞こえた。

成績は下がった。受け持ち人数も減った。代わりに征士は、処置のあと必ず椅子を一つ引くようになった。

「急がなくていいですよ」

最初の休日、征士は妹と朝食を食べた。食べ終わっても席を立たず、冷めた茶を前に一時間話した。効率表示は何度も赤くなったが、切った。

その言葉を患者へ向けながら、征士は自分にも言っていた。人間らしさは眠ることではなく、誰かの夜が明けるまで、役に立たない時間を一緒に過ごすことなのだと知った。