知らない人の完走メダル

 八歳の私は、市民マラソンの日になると、黄色いタオルを持って沿道に立った。

 母が元気だったころ、毎年そこを走ったからだ。

 母が亡くなった翌年も、父と同じ場所へ行った。走ってくる人は知らない顔ばかりなのに、私はタオルを広げた。

〈お母さん、ゴールまであと一キロ!〉

「もう、お母さんは走ってないよ」

 父は小さく言った。

「知ってる。でも、この看板、まだ使えるから」

 本当は、家へ帰りたかった。速い人も遅い人も通り過ぎ、母だけが来ないことを何度も確かめるのは、思ったより苦しかった。

 最後尾の車が見え始めたころ、一人の男の人が歩くような速さで近づいてきた。雨合羽の下でゼッケンは折れ、名前は読めなかった。

 その人は私の前で止まった。

「そのタオル、少し借りてもいい?」

「お母さんのです」

「だから、力がありそうだ」

 私は貸したくなかった。でも男の人は今にも座り込みそうだったので、端を差し出した。

 彼はタオルを首へかけ、また走り出した。百メートル先で振り返り、大きく手を振った。

「お母さん、知らない人についていっちゃった」

 父が泣きながら笑った。

 私たちはゴールまで追いかけた。

 男の人は最下位で到着した。係員からメダルを受け取ると、タオルへ通して私に返した。

「これがあったから、最後まで走れた。半分は君のだ」

「半分なら、切るの?」

「それは困るな」

「名前を教えて。来年、返すから」

 男の人は救護テントへ呼ばれ、答える前に人の中へ消えた。ゼッケンは泥で真っ黒だった。

 それから私は、メダルを母の写真の前に置いた。

 十年後、初めて同じ大会を走った。苦しくなるたび、黄色いタオルを首へ巻いた知らない人を思い出した。

 ゴール手前で、泣いている男の子がいた。手には「お姉ちゃん、がんばれ」と書かれた紙。けれど最後尾まで、姉らしい人は来なかった。

 私は完走メダルを受け取ると、その子の紙へ通した。

「応援した人も、半分走ってるんだって」

「半分なら、切るの?」

 同じことを言われ、私は笑った。

 あの日の人の名前は、今も知らない。

 けれど、その人が走った続きなら、私の足が覚えている。