砂海を渡る白い婚車
雨を呼べなかった巫女サフィヤは、渇いた都を救う代価として砂王へ嫁ぐことになった。王は彼女の血筋を欲しがり、民は水を欲しがった。誰も、サフィヤ本人が何を望むかは尋ねなかった。婚車の窓には外側からしか開かない金具があり、車内には帰りの荷物さえ積まれていない。これは婚礼ではなく、都が一人の巫女を砂の向こうへ捨てる儀式だった。
白い婚車が神殿前に着く。三年前、予言を外して隊商を迷わせたとき、仲間たちは死にかけた。それ以来、彼女は「信じて」と言えなくなった。今回も、失敗した巫女など見捨てられて当然だった。
婚車へ足を掛けた瞬間、乾いた革袋が飛んできた。
傭兵ジャラルが柱の陰から現れ、自分の水筒をサフィヤへ渡した。砂漠では命そのものだ。
「飲め。返すのは、戻ってからでいい」
神殿の階段には踊り子ティルザが絨毯を広げた。婚車へ続く赤ではなく、街の外へ向かう青い絨毯だった。その中央だけ、座れるように刺繍の籠を置いている。
「私の一座、真ん中の席が空きっぱなし。巫女でも失敗者でも、踊らなくても座れるよ」
城門の外では隊商主パロウが、百頭の駱駝を止めたまま待っていた。先頭の鞍には荷物がなく、日除けだけが張られている。
「昼を越しても出ない。砂嵐が来ても出ない。おまえが来るまで隊商はここだ」
砂王の兵が囲む。だがジャラルが水筒の底を外すと、中から王家の封蝋が出た。井戸を枯らしたのは旱魃ではない。砂王が地下水路を閉じ、婚姻の必要を作った証拠だった。
民の怒声が上がる。それでもサフィヤは青い絨毯を踏めなかった。予言を外した事実は消えない。救出が終われば、三人は自分の不運に疲れて去るだろう。
「私の言葉は、また外れるかもしれない」
ジャラルは空の水筒を腰へ戻さず、サフィヤの手に残した。ティルザは絨毯の真ん中に座り、パロウは駱駝を伏せさせた。
「外れたら、別の道を選ぶだけ」とティルザが肩をすくめる。
サフィヤは婚車を降りた。誰の駱駝に乗るかは決めず、まず三人の間を歩く。青い道、水筒、空いた鞍。砂海の向こうにある複数の居場所が、彼女を待つため同時に止まっていた。