破談状には春と書かない
大正十三年、岩倉鞠江は婚約者の安東敬之助へ、破談状を送った。
〈あなたを慕う気持ちは失せました。
酒造家から縁談があり、そちらへ嫁ぐことにいたします。
今後、文を寄越さぬよう願います〉
三度書き直しても、最後の一行だけ墨がにじんだ。
敬之助は貧しい書生だったが、外科医になる腕を見込まれていた。
東京の南部病院は、院長の娘・鈴代との縁談を受けるなら、欧州留学の費用を出すと言った。
彼は断った。
「鞠江と診療所を開く」と笑った。
鞠江の実家は借金を抱え、持参金どころか、彼の医学書一冊も買えない。
それでも敬之助は幸せだと言った。
その言葉が、彼の才能を小さな町へ縛る鎖に聞こえてしまった。
破談状の翌月、敬之助は東京へ発った。
鈴代と結婚し、留学し、新しい手術法を学んだ。
鞠江は酒造家へ嫁がなかった。
町の産婆に弟子入りし、赤子を取り上げる仕事を選んだ。
嘘をついた罰として独りでいたわけではない。
誰かの未来を開く仕事を、自分にも一つ持ちたかった。
十五年後、肺病が町に広がった。
派遣された医療団の長として、敬之助が戻ってきた。
白髪の混じった彼の隣には鈴代がいた。
薬品を運び、患者の手を握り、夫より先に村人の名を覚える女性だった。
二人は並んで働いた。
鞠江は、あの縁談が金だけではなく、同じ仕事を支え合える夫婦を生んだことを知った。
流行が収まった日、敬之助は鞠江へ訊いた。
「嫁いだ先の人は、元気か」
「縁談は流れました」
彼は息を止めた。
「では、あの手紙は」
「本当です。あなたへの気持ちを、あの日で終わらせると決めました」
完全な嘘ではなかった。
終わらせると決めたことだけは、本当だった。
「幸せだったのか」
「はい。あなたが救った人の中に、私が取り上げた子もいます」
鞠江は笑った。
敬之助も、長い時間をかけて笑い返した。
医療団が発つ朝、鞠江は鈴代へ春の椿を渡した。
「先生を、これからもお願いします」
鈴代は何かを察したように、深く頭を下げた。
汽車が去る。
鞠江は手を振り続けた。
破談状には、春のことを書かなかった。
彼と見るはずだった春を失うと知っていたからだ。
それでも十五年後、彼が自分ではない人の隣で幸せそうに笑う春を見られた。
その景色を守れたことだけは、あの冷たい手紙を出した自分へ、ようやく返せる答えだった。