社員番号は一つ
壺阪紡は、わが社で最も安定した社員だった。
午前の会議では企画を簡潔にまとめ、午後には難しい不具合を直し、深夜の顧客メールにも三分で返事をした。入社以来、遅刻も欠勤もない。
ただ、日によって癖が変わった。
月曜は珈琲を飲み、水曜は匂いだけで気分が悪いと言う。文章に句読点をきっちり打つ日と、絵文字だらけの日がある。オンライン会議では常に猫のアバターを使い、カメラ故障を三年間直さなかった。
「壺阪君、昨日頼んだ資料は?」
『提出済みです』
「声、少し高くないか」
『新しいマイクです』
私は最新機器に疎いので納得した。
年度末、紡は社員賞を受けることになった。授賞式だけは出社するよう命じると、猫のアバターが十秒ほど固まった。
『承知しました』
当日、痩せた男が壇上へ上がった。受賞者紹介の途中、会場後方の端末から通知音が鳴った。
『緊急障害を検知。復旧作業に入ります』
壺阪紡のアカウントだった。
壇上の男はマイクを握ったまま、額へ汗を浮かべた。私は端末の映像を大画面へ出した。猫のアバターが消え、別の男の顔が映る。壇上の男とよく似ているが、頬が丸く、眼鏡をかけていた。
「どちらが壺阪紡だ」
二人は同時に手を挙げた。
壇上にいるのは兄の紡。画面の中は双子の弟、綴だった。兄は会議と顧客対応、弟は設計と深夜保守を担当し、一つの社員番号へ交代でログインしていた。
「履歴書を書いたのは?」
「弟です」
「面接を受けたのは?」
「兄です」
「採用試験のコードは?」
「弟です」
「では、私は誰を採用したんだ!」
二人は顔を見合わせた。
「完成品としての壺阪紡を」
人事部長は卒倒しかけた。だが二人分に見えた仕事は、実際には四時間ずつ、合計八時間だった。一人へ十二時間働かせていた会社側の記録も、同時に見つかった。
「一人で二人分働けば表彰なのに、二人で一人分働くと処分なんですね」
綴の言葉に、会場が静まった。
翌月、会社は弟を正式採用した。兄は会議、弟は開発を受け持ち、成績はさらに上がった。
翌年、二人はチーム賞を受賞した。
今度はトロフィーを、最初から二つ用意した。