私は傷より小さい
私は、恐竜の絵がついた子ども用の絆創膏だ。
八歳の男の子の上着に入り、家族と墓地へ来た。今日は祖母の納骨だった。
男の子は朝から一度も笑わない。大人たちは「おばあちゃんは空から見ている」と言ったが、空は曇っていて、どこを見ればよいのか分からない顔をしていた。
石段で、祖父が転んだ。
片手には骨壺、もう片方には花束。骨壺だけは離さなかったため、掌と膝を強く擦った。
親戚たちは慌てた。
「救急箱は車だ」
「先にお骨を」
「式の時間が」
祖父は立ち上がり、「平気だ」と言った。血が出ているのに、平気な声だった。
男の子が近づき、私を差し出した。
「これ、いちばん強いやつ」
私は小さい。
祖父の掌の傷は、私一枚では隠れない。大人が持ってきたガーゼのほうが、ずっと役に立つ。
それでも祖父は受け取った。
ガーゼを巻いた横、傷のない手首へ私を貼った。
「そこ、けがしてないよ」
「ここが一番痛いんだ」
祖父は胸を指した。
男の子は少し考え、祖父の手首を両手で包んだ。祖父はその場にしゃがみ込み、初めて声を出して泣いた。
それまで大人たちは、祖父が妻を見送る人だから、強くしていなければならないと思っていた。祖父自身もそう思っていた。
けれど男の子は、泣いてはいけない場所など知らなかった。
納骨が終わったあと、二人は石段を手をつないで下りた。途中、男の子もつまずいたが、祖父が支えた。
「今度は僕が平気」
「平気じゃなくてもいい」
祖父はそう言い、二人でゆっくり歩いた。
翌週から、男の子は毎土曜、祖父の家へ行くようになった。二人で祖母の好きだった甘い卵焼きを作った。焦げた日には笑い、思い出して泣いた日には、どちらも「平気」と言わなかった。
私は数日後に剝がされた。
けれど祖父は捨てず、祖母の写真立ての裏へ貼った。そこには男の子の字で、こう書かれた。
〈いたいときにつかう〉
その下へ、祖父が書き足した。
〈いたいと言えないときにもつかう〉
私は傷より小さく、悲しみよりずっと小さい。
痛みを治す力もない。
ただ、誰かが痛がっていることを見つけた印にはなれる。
小さな親切とは、ときどき、それだけで十分なのだ。