私は魚の骨のそばにいる
私は、焼き魚の皿だ。
夕食になると、銀色の魚が一尾、私の上へ置かれる。皮は香ばしく、腹には大根おろし。家族は箸を入れ、身を少しずつ食べる。
この家の少年は、魚が苦手だった。
骨が怖い。皮が嫌い。目がこちらを見ている気がする。
毎回、腹の身を二口だけ食べ、残りを父親の皿へ移した。父親は「命をいただくんだから、残すな」と叱った。少年はますます箸を止めた。
ある日、祖父が夕食へ来た。
祖父は少年の隣へ座り、魚の背へ箸を入れた。
「ここに大きな骨がある。まず背中を開くと見つけやすい」
身を外し、骨を一本ずつ私の端へ並べた。皮は小さくちぎり、ご飯にのせた。
「全部食べなくてもいい。今日は、自分で骨を見つけた身を一口だけ食べよう」
父親が何か言おうとすると、祖父は首を振った。
「感謝は、怖がっている子へ無理をさせることじゃない。どう食べれば安心か教えることだ」
少年は小さな身を口へ入れた。
「おいしい」
次は二口。皮はまだ残した。目の周りも触れなかった。
祖父はそれで終わりにした。
食後、少年は私の端に並んだ骨を見た。
「こんなにあったのに、ちゃんと食べられた」
「魚が育った時間も、獲った人も、焼いた人もいる。だから、食べられるところを丁寧に見つけるんだ」
それから少年は、週に一度、祖父と魚を食べた。
鯵、鯖、鰯。骨の場所は少しずつ違った。失敗して口から出す日もあった。そんなとき祖父は叱らず、「見つけられてよかった」と言った。
少年はやがて、店で魚を選ぶときも、旬や産地を尋ねるようになった。食べる前には、誰が海から運んだのかを少し想像した。
数年後、祖父の手が震えるようになった。
今度は少年が魚をほぐし、骨を私の端へ並べた。
「背中から開くと、食べやすいよ」
祖父は笑った。
私は焼き魚の皿だ。
私の上には、食べた身だけでなく、避けた骨も残る。
空っぽでなくてもよい。
食べられるところを探し、怖さや体調に合わせ、粗末にせず向き合った跡があるなら、骨の残る皿にも、十分な「ごちそうさま」が載っている。