空席に置いた昼休み
瑞枝の昼休みは、パソコンの右下に表示される十二時から十二時四十五分までだった。けれど実際には、パンを片手に問い合わせメールを返す時間をそう呼んでいた。休憩室へ行けば、誰かの愚痴を聞くことになる。席を離せば、未処理件数が増える。コールセンターで数字を守るには、食べながら働くのが手っ取り早かった。
向かいの席に異動してきた船津多希は、無口だった。受話器を置く音も静かで、客に怒鳴られても眉を動かさない。業務連絡はチャットに一行。昼になると、青い布に包んだ弁当を持って消える。
繁忙日の十二時十分、瑞枝が袋パンを開けると、キーボードの上に小さなカードが置かれていた。
『十二時十五分、空いている椅子を一つ選ぶ』
顔を上げると、多希が休憩室の方を指した。
「今、待ち呼が十八件あります」
多希は壁のシフト表を指す。瑞枝の名前の横には、確かに休憩と印刷されていた。それ以上は何も言わず、青い包みを持って出ていく。
瑞枝はカードを捨てようとして、裏返した。裏には何もない。理由も、励ましもないから、断る相手さえいなかった。
午前中、瑞枝は二度、同僚に休憩交代を申し出られて断っていた。「今抜ける方が迷惑だから」と答えたが、本当は自分がいない間に数字が悪くなるのが怖かった。席にいることで役に立っていると確かめたかった。袋パンは開封前から少し潰れ、机には昨日の包み紙まで残っていた。
十二時十五分。彼女はヘッドセットを外した。耳の周りに残った圧迫が、急に痛みに変わる。休憩室には椅子が六脚あり、三脚が空いていた。窓際、給湯器の横、そして多希の正面。
窓際なら一人でいられる。給湯器の横ならすぐ戻れる。正面の椅子には、青い弁当箱から立つ湯気が届いていた。
多希は瑞枝を見ても笑わず、箸で卵焼きを半分に切った。すすめもしない。ただ、テーブルの中央に個包装の味噌汁を一つ置く。
瑞枝は自分のパンを見た。昼休みを取るだけなのに、仕事を投げたような罪悪感が胸に浮く。
待ち呼のランプは廊下からも赤く見えた。それでも瑞枝は窓際を通り過ぎ、多希の正面の椅子を引いた。