窓のない地下二階

地下二階の窓を、死んだ設計士は決して開けるなと言った。

火災で焼けたホテルへ入ったのは、取り壊し前の最後の現場検証だった。地下二階には図面にない客室が一つだけ残っている。扉の番号は黒く焼け、読めなかった。

室内には窓があった。地下なのに、ガラスの向こうでは夕焼けが沈んでいる。煙の染みが天井まで伸びているのに、焦げた匂いはしない。床へ落ちたはずのガラス片は、目を離すたび空中の同じ位置へ戻った。

壁の受話器を取ると、十二年前に火災で死んだ設計士が応えた。

『窓には触れるな』

「なぜ、こんな部屋を造った?」

『私は造っていない。ここは、私が最後に見た場所だ』

設計士は、火元が地下ではなく支配人室だったと話した。避難扉を施錠した記録は、机の二重底に隠されているという。彼は、火災報告書では自分の設計ミスにされたと訴えた。死者の弁明を証拠にできるかは分からない。それでも私は机へ向かった。私は焼けた机を探り、薄い金属板を見つけた。そこには支配人の署名と、非常口を封鎖した時刻が刻まれていた。

証拠を手帳へ写したが、目を離すと文字は白紙へ戻った。ポケットへ入れた金属板も、次の瞬間には机の底へ戻っている。温度計は二十二度から動かず、自分の足音だけが半拍遅れて聞こえた。

窓の外に、焼死した支配人が立っていた。口を動かし、こちらへ来いと手招きしている。

『見るな。証拠を外へ持ち出すまでは』

「出口はどこだ」

『君が窓だと思っているものだ。だが今開けば、記録は消える』

私は携帯端末で金属板を撮影し、送信表示を確かめた。それから窓の留め金へ手をかけた。

夕焼けが白い格子へ変わり、天井から女性の声が降った。

「死者記憶の再現を終了。被験者を離脱させます」

誰かが両手から感覚手袋を外した。消毒薬の匂いが戻る。目を開けると、警察庁地下二階の実験室だった。スクリーンには、焼けたホテルの仮想模型と、設計士の神経記録が停止表示になっている。送信済みの証拠画像だけが端末に残っていた。

ホテルの地下二階に窓はなかった。私が開けた窓は、死者の最後の記憶から現実へ戻るための出口だった。