窓際の席に置かないで

部署移転のため自分のロッカーを片づけていた逢坂真帆は、古い卒業証書の筒を見つけた。自分の名前が小さく貼られている。その黒い筒を見ると、高校三年の春、教室へ来られなくなった真琴の卒業証書を運んだ日のことを思い出す。

卒業式の日、担任は窓際の空席に証書を置いた。机には花が一輪、クラスメートが折った寄せ書き、真琴の好きだったレモン飴まで並んでいた。みんなは「これなら一緒に卒業できる」と満足そうだった。

真帆も写真を撮り、真琴へ送った。

すぐに返信が来た。

《そこに置かないで》

胸を刺されたようだった。続けて、短い文が届いた。

《私は席じゃない。今日は行けないだけ》

真帆は花も寄せ書きも証書も抱え、式後のざわめきから抜け出した。真琴は母親の車で、校門の向かいに停まっていた。窓は指二本分だけ開いている。

「みんな、待ってるよ」

言いかけて、やめた。待つという言葉は、ときどき戻る場所を一つに決めてしまう。

真帆は証書の筒だけを窓の隙間へ差し入れた。真琴の手が震えながら受け取った。寄せ書きは要るか、花はどうするか、一つずつ尋ねた。真琴はレモン飴だけを選び、花は「教室に飾って」と言った。

最後に真帆が「卒業おめでとう」と言うと、窓の向こうで真琴は少し笑った。

「真帆もね」

車は校門へ入らず、そのまま走り去った。教室へ戻ると、窓際の机には花瓶だけが残っていた。真帆はそこへ自分の鞄を置き、誰かの代わりではなく、ただ窓を閉めるために座った。

真琴は翌年、別の方法で必要な単位を取り直した。二人の進む速度は揃わなかった。それでも同じ日に、それぞれの場所から学校を出たことだけは、あとから何度も真帆を支えた。

現在、休職していた後輩の復職について、同僚が「前と同じ席を取っておこう」と言った。真帆は一度頷きかけ、机を拭く手を止める。

「本人に聞こう。窓際がいいとは限らないから」

自分の卒業証書の筒を引っ越し箱へしまい、真帆は空の座席表をメールに添えた。選べる場所を三つ示し、返事を急がなくていいと書く。

席を用意することと、その人の居場所を決めることは違う。真帆は送信ボタンを押し、窓際の机を、ただ一つの空席へ戻した。