竜翼の代価

竜の左翼が峡谷を塞いでいた。

ドヴァンは折れた槍を捨て、黒い剣へ手を伸ばした。背後では負傷兵が岩陰へ退き、先頭にいた婚約者が血まみれの脚を引きずっている。竜は飛べば、谷の出口に集まった全員を炎で焼ける。

「それだけは抜くな」

彼女が言った。

《継ぎ身》には単純な呪いがある。刃で生き物の一部を斬り落とすと、同じものが使い手の身体に継がれる。角を落とせば角が、尾を断てば尾が。かつての持ち主は百の獣を斬り、人の形を失った。

ドヴァンは出陣前、婚約者に剣を谷へ捨てると約束していた。彼女は、勝って帰ることより人の姿で帰ることを望んだ。だから彼は背負ったまま一度も鞘へ触れず、槍だけでここまで来たのだった。

竜が翼を広げた。左翼の膜に、槍で開けた小さな穴が見える。そこを裂けば飛べない。

ドヴァンは剣を抜いた。

竜の爪が岩を砕く。彼は土煙の下を走り、翼の付け根へ滑り込んだ。刃を振るう直前、左肩の骨が恐怖で縮むように痛んだ。

一太刀。

黒い翼が根元から落ちた。

同時に、ドヴァンの左腕が内側から裂けた。指は縮み、骨が伸び、血に濡れた膜が肋骨の脇から噴き出す。人の腕だったものは、竜と同じ巨大な翼になった。

悲鳴を上げる暇はない。竜が均衡を失い、首を低くした。ドヴァンは翼の重さに引き倒されながら、その勢いを利用して胸元へ潜る。今度は斬り落とさない。剣先を鱗の隙間へ突き立て、柄を全身で押した。

心臓が止まり、竜は谷底へ崩れた。

兵たちは歓声を上げた。婚約者だけが動かなかった。

ドヴァンは剣を捨て、彼女へ右手を差し出す。左側では黒い翼が痙攣し、岩を引っかいていた。

「終わった」

そう言った声に、低い唸りが重なった。

彼女は一歩近づき、彼の頬に触れようとした。そして止まる。

翼を継いだだけのはずだった。だが、左目の瞳孔まで縦に割れ、金色に光っていた。

谷の出口で生き残った者たちは、英雄を待っていた。

そこへ歩いていったのは、片腕を失った男ではない。片翼を得た竜だった。