竜語の最後の一語

「魔物の発した最後の一語だけ分かる? 会話にもならない」

竜使い選抜で、メルシアは無能と笑われた。

【能力:《末尾訳》――人外の発声一つから、最後の一語だけを人語として理解する】

一文の大半は分からない。命令も返せない。メルシアは孵化舎の掃除係へ回された。

春、山脈から古竜が降りてきた。

黄金の母竜は城壁より大きく、王都上空で同じ咆哮を繰り返す。竜騎王バルカナは威嚇と判断し、全騎へ迎撃を命じた。母竜の腹には戦傷があり、爪には人間の鎖が残っている。誰の目にも復讐に見えた。

メルシアには咆哮の最後だけが聞こえた。

「……かえせ」

一度目も、二度目も同じだった。

王国が奪った竜卵はないと、竜騎士たちは言う。孵化舎の卵もすべて記録済みだ。だがメルシアは掃除の途中、地下の暖房炉から夜ごと小さな鳴き声を聞いていた。

炉心として使われている赤い石。

それは百年前、鉱山で採れた「燃える宝珠」とされていた。表面を覆う煤を洗うと、鱗の模様が見えた。

母竜が三度目の咆哮を上げる。最後の一語は、今度だけ違った。

「……むすめ」

メルシアは暖房炉を止め、赤い石を台車へ載せた。

「王都が凍えるぞ!」

騎士が剣を抜く。

「百年、卵の熱を盗んでいただけです」

彼女が城壁へ出ると、母竜は炎を吐こうと首を引いた。メルシアは宝珠を掲げる。

殻が割れた。

中から、火より小さな赤竜の鼻先が現れる。百年かけて熱を奪われ、孵化できなかったのだ。

母竜の炎は消えた。巨大な爪がそっと城壁へ降り、幼竜を包む。二頭は王都を傷つけず、幼竜の最初の鳴き声を残して山脈へ飛び去った。

暖房炉を失った街には、母竜が置いていった一枚の鱗が残った。それ一枚で、以前の炉より温かかった。

選抜官が「最後の一語しか分からなかった」と言う。

バルカナはその男の竜笛を折った。

「最後まで聞けば、最初の誤解を捨てられる」

竜騎王はメルシアへ王家の竜印を渡した。

「次に竜が吠えたら、槍を上げる前におまえの一語を待つ」