竜骨に刻まれた号令
黒竜討伐の祝宴で、勇士ローデン・ガルヴは、竜の牙を杯代わりにして酒をあおった。
「最後は俺の一撃だ。作戦も全部、戦場で思いついた」
人々は英雄の名を叫んだ。後方支援官サフィル・レーンが、退路も風向きも弱点も計算したことを知る兵は少ない。知っている者も、ローデンの威圧に口を閉ざしていた。
ローデンは壇上からサフィルを見つけ、笑った。
「紙の上で線を引いていただけの男にも、残り酒くらいはくれてやれ」
サフィルは杯を取らなかった。
王国軍監が、討伐証明として黒竜の胸骨を運ばせた。竜種の骨は、死の直前に聞いた声を保存する。褒賞を受ける者が自ら再生符を押し、功績を確認するのが古い慣例だった。
「望むところだ」
ローデンは胸骨へ手を置いた。
骨が低く震え、戦場の声を吐き出す。
『右翼、三歩下がれ。ローデン、まだ斬るな』
サフィルの声だった。
『うるさい、俺が決める!』
続いてローデンの怒鳴り声。直後、翼に弾き飛ばされる音と悲鳴が響く。
『第二班、鎖を左脚へ。風が止まるまで七つ数えろ。今だ、首の逆鱗を射抜け』
命令どおり矢が飛び、竜が倒れる轟音が宴会場を揺らした。
最後に残っていたのは、地面へ伏したローデンの声だった。
『報告書には、俺が指揮したと書け。逆らえば補給を止める』
誰も息をしなかった。
ローデンは骨から手を離そうとしたが、功績確認の符は所有者の魔力を最後まで読む。彼が自分で押したため、中断できない。
『サフィルの名は消せ。死人が二人出たのも、あいつの計算違いにしておけ』
サフィルの拳がわずかに固くなる。だが彼は壇上へ駆け上がらず、弁明もしなかった。骨がすべて語り終えたからだ。
生還した弓兵たちが一人、また一人と席を立った。誰も証言はしなかった。ただ、竜骨に記録された号令と同じ間合いで拳を胸へ当て、サフィルへ敬礼した。祝宴の中央から英雄の席だけが、急にひどく小さく見えた。
軍監は英雄勲章を箱へ戻し、別の巻物を開いた。
「ローデン・ガルヴ。軍功詐称と部下への脅迫により、王国勇士の称号を剥奪し、身柄を拘束する」