笑う会議室の録音灯
月例企画会議で、犬飼統括は石動環の資料だけを机の下へ落とした。
「また文字が多い。君は説明も下手だし、黙って議事録だけ取っていればいい」
環が拾おうとすると、靴先で一枚を押さえる。周囲に笑えという目を向け、部下たちは曖昧に口元を動かした。先月も犬飼は環の椅子だけを外し、立ったまま三時間、失敗していない案件の反省文を読ませている。
「では、新規配送網の案は私が説明する」
犬飼が投影した図は、環が昨夜まで作っていたものだった。作成者欄だけが消されている。
環は立ち上がった。
「その案には、一点だけ修正が必要です」
「聞こえないな。緊張すると声も出ないのか?」
犬飼は会議卓の集音器を指で叩いた。
「この部屋は防音だ。君が泣いても外には届かない。だから、辞めるまで何度でも教えてやれる」
彼は集音器の停止ボタンを押し、赤い灯が消えたのを確認してから続けた。
「そもそも先月の失敗も君のせいにした。評価を最低にすれば、自己都合で消えると思ったんだがね」
扉の外で、短い電子音がした。
赤い灯は録音ではなく、室内スピーカーの使用中表示だった。天井の隅にある白い灯が、最初から点いている。
その日は取締役会向けの設備検査日で、会議室の音声は監査室へ自動転送されていた。
壁面モニターが切り替わり、監査役の顔が映る。
『犬飼統括。よく聞こえました』
犬飼の指が、もう一度停止ボタンを連打する。
『なお、投影資料には作成履歴が残っています。原案、試算、修正のすべてが石動さんの端末から。あなたの操作は、作成者欄を消した一回だけです』
環は床の資料を拾い、最後のページを開いた。そこには、旧案のまま運用すれば三日で配送が止まるという試算がある。犬飼が読まずに消した注意書きだった。
「修正点は、そのページです」
環が差し出しても、犬飼は受け取れなかった。
会議室の白い灯が消え、代わりに扉の解錠音が鳴る。監査役本人が入室し、封筒を開いた。
「犬飼征士。本会議の記録を根拠として、ただいま懲戒解雇を言い渡します」