笑顔の再撮影
夷隅宗一の家では、毎年、結婚記念日に家族写真を撮る。
今年は妻と高校生の息子が口をきかず、小学生の娘は泣き腫らした顔をしていた。原因はどれも宗一だったが、予約した写真館を取り消すのが惜しく、無理に連れていった。
撮影後、写真師は首をかしげた。
「お父様だけ、うまく笑えていません。来年、撮り直しましょう」
出来上がった写真では、宗一だけが無表情だった。
実際には誰より大きく笑ったはずなのに。
翌年、家族の会話はさらに減っていた。
妻は離婚届を隠し、息子は家を出る準備をし、娘は宗一が帰ると自室へ逃げた。それでも写真館では、前年と同じ服を着せられ、同じ椅子に座らされた。
「まだ、お父様だけ合いませんね」
写真には、妻も子どもたちも満面の笑みで写っていた。撮影中は誰も笑っていなかったはずだ。
家へ飾ると、家族は少しずつ写真に似てきた。
妻は宗一の失敗にも微笑み、息子は怒鳴られても歯を見せ、娘は泣きながら笑うようになった。
「気持ち悪いからやめろ」
宗一が言うと、三人は同時に答えた。
「家族写真なんだから、幸せそうなほうがいいでしょう」
三年目、宗一は一人で写真館へ行った。
家族は食卓に座ったまま、写真と同じ笑顔を崩さなくなっていた。
写真師は待っていた。
「今回は、お父様だけで結構です」
白い背景の前に立つと、背後へ妻と子どもたちの気配が並んだ。振り向いても誰もいない。
「ご家族が笑えなかった原因を、写真から外します」
「俺を消すのか」
「いいえ。ご家族が自然に笑える位置へ移っていただくだけです」
閃光が走った。
宗一は自宅の居間にいた。
ただし、床にも椅子にも足がつかない。壁に掛かった新しい家族写真の中から、部屋を見下ろしていた。
写真の中央には妻と子どもたちが座り、宗一はその背後で笑っている。頬は痛いほど引きつり、まばたきもできない。
現実の家族は、久しぶりに自然な顔で食事をしていた。
息子が冗談を言い、娘が吹き出し、妻が涙を拭いながら笑った。
宗一は写真の中から叫んだ。
誰も気づかない。
妻がふと額縁を見上げた。
「来年は三人で撮り直しましょうか」
宗一の笑顔が、さらに大きくなった。
写真の裏で、写真師の声がした。
「まだ、お父様だけ合っていませんから」