第七十三周回、告白を許可する
【航時救難記録/第1周回】
軌道都市エノア、炉心崩壊まで十一分。
救難士ヨルンは制御技師メサナを脱出艇へ誘導。
隔壁落下により、対象死亡。時点を巻き戻す。
【第19周回】
メサナは避難途中、泣いている少年を救助。
二名とも爆発に巻き込まれる。
ヨルンは、彼女が恐怖を隠すとき左手で髪を押さえることを知る。
【第46周回】
別経路を使用。
メサナは負傷した清掃員を背負い、脱出に四秒遅れる。
ヨルンは初めて彼女を怒鳴る。
メサナは「知らない人に命令される筋合いはない」と怒鳴り返す。
対象死亡。時点を巻き戻す。
【第72周回】
結論。
炉心を手動分離すれば都市は救われる。
操作員は帰還不能。
災害が回避された時間線では、避難民居住区も航時救難局も設立されない。そこで生まれたヨルンは存在しなくなる。
【第73周回】
ヨルンは十一分前へ戻った。
彼は少年の場所も、清掃員の負傷も、隔壁が落ちる秒数も知っていた。すべてを避け、メサナを脱出艇へ押し込む。
「あなたは?」
「炉心へ戻る」
「戻ったら死ぬ」
「戻らなくても、僕は消える」
扉が閉まり始めた。
メサナが左手で髪を押さえる。七十三回見た癖だった。
「どうして、私のことをそんな目で見るの」
「七十二回、君が死ぬところを見たから」
「それは告白?」
「救難手順にはない」
「質問に答えて」
残り一分。
「好きだ、メサナ。君は僕を十一分しか知らない。でも僕は、君が誰かを置いて逃げられないことも、怖いときほど冗談を言うことも、七十三回ぶん知っている」
彼女は泣きながら笑った。
「不公平ね」
「ごめん」
「私は一回ぶんしか返せない。それでも――ヨルン、あなたが好き。だから戻ってきて」
「了解できない命令です」
脱出艇が射出された。
ヨルンは炉心を分離した。
都市は救われ、歴史は書き換わった。
航時救難局の記録から、彼の名前は消えた。
ただ一つ、脱出艇の通信機に、存在しないはずの音声が十一秒だけ残った。
〈告白は救難手順外。受領者により許可された〉
メサナはその声の主を思い出せなかった。
それでも毎年、事故のなかった記念日に、名のない碑へ花を置いた。
札にはこう書いた。
〈七十三回目のあなたへ。私は一回目の返事を、まだ守っています〉